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お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『はじまりのうた』 もう私はWeじゃない

映画<海外>

☆ネタバレしています:ご注意ください☆

 

ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニー監督最新作。

 

彼氏と別れて傷心まっただ中だけど音楽の才能あふれるグレタと、かつては敏腕、今はやさぐれまくっている音楽プロデューサーとが出会い、二人が前を向くまでの物語。

 

キーラ・ナイトレイの歌声と佇まい。マーク・ラファロのやさぐれと情熱。ニューヨークの街並み。音楽。

最高でした!

 

グレタとダン。この二人には才能があるんだ。シンガーソングライターとして、プロデューサーとして。それが物語のアタマでこれでもかというくらいわかる。見事な演出。もう、これだけでわくわく。

二人はもろもろありつつも力を合わせ、音楽業界の商業主義みたいなものとは別の形で、音楽を作っていきます。ニューヨークのあんなとこ、こんなとこでバンド集めて勝手に録音しちゃう。なんという開放感。 

 

劇中でいい曲がいっぱい出てくるんですけれど、その中でも「Lost Stars」というのがキー曲だ思うんですね。とてもいい曲。

 

グレタと元カレ・デイブ(元カレって気安く書いてるけど、演じてるのはマルーン5のアダム・レヴィーンですよ!)は、もともと共作で曲を作っていたんだけれど、グレタはデビュー欲みたいなものが全然なくて、ただ音楽が好きで自分のために楽しんでいました。

だけど、デイブにはやっぱり野心があって、運もあり歌手としてどんどん成功していきます。正規の音楽業界のやり方にのっとって。ついでに新しい環境であっという間に浮気しちゃう。そして傷心するグレタ。(デイブの新曲を聞いただけで彼の浮気を見破る、グレタの感性の鋭さ!)

 

で、「Lost Stars」っていう曲です。

別れた後にデイヴは、新しいアルバムに「Lost Stars」を収録し、グレタに聞かせます。

実はこの曲、グレタがデイブにクリスマスプレゼントとして送った曲だったんですね。

アレンジがあまりに自分のイメージと違うことに苦言を呈するグレタ。この曲はこんなふうにしてはいけない。でもデイブは「この曲は盛り上がるし、こういうのがいいんだよ」。

 

自分のイメージを伝えるグレタ。

ヨリを戻したいデイブは、彼女をライブに誘います。

アレンジを改め、大観衆の中で「Lost Stars」を歌うデイブ。酔いしれる聴衆。

ステージ脇でその様子を見ていたグレタですが、何かを悟ったかのように曲の途中で立ち去ります。

どんな歌詞か、ちょっとだけ引用。

Please don’t see just a girl caught up in dreams and fantasies.
Please see me reaching out for someone I can’t see.
Take my hand, let’s see where we wake up tomorrow.
Best laid plans sometimes are just a one night stand.
I’ll be damned cupid’s demanding back his arrow.
So let’s get drunk on our tears and…

God tell us the reason youth is wasted on the young.
It’s hunting season and this lamb is on the run.
we’re searching for meaning
But are we all lost stars trying to light up the dark.

 (太字はわたしが勝手にしてます)

「Lost Stars」を初めてグレタが彼に聞かせた時。二人はラブラブ絶頂です。

「これは僕のことを書いたの?」みたいにデイブが聞いて「あなたのことじゃなけど、あなたのために書いた」ってグレタは言うんだけど、やっぱりグレタは彼と自分のことを書いたんだと思うんですね、そりゃ。

「the young=若い人々」という言葉を入れてるし、weもusも単純に「私たち」と一般化した意味に取れる。だからこそ聴衆も酔いしれる。「are we all lost stars」の「all」が更に「私たちみんなが彷徨う星なんだ」っていう一体感を作り上げる。観客は「we」に自分が入ってると感じて聞いてると思うんです。

 

だけどやっぱり、グレタにとって「we」はグレタと彼の二人のことなんですよね。二人ぼっちの切なさと美しさ。

そしてあの元カレはそのことを、そこまで繊細に受け取ってはいない。

「暗闇を照らそうとする、私たちは彷徨える星」って、恋する気持ちがあるからこそ闇を照らそうとするのにね。

 

あのライブでグレタが感じたのは、「Lost Stars」という自分の思いを込めた曲が、今はもう完全に自分のものではなくなったという事実です。

もう「I」は自分ではないし、 「we」に自分は含まれていない。

しかも、デイヴのパフォーマンスは輝いていて、観客もこんなに喜んでいる。(何しろマルーン5ですから。)

二人はもう別々の場所にいるのです。

グレタが観客とは交わらず、ステージに呼ばれても上がらず、ステージの脇で「Lost Stars」を聞いていたのにはそういう意味があると思う。

 

グレタのいいところは、「私があげた曲で売れやがって」みたいに思わないところです。「Lost Stars」は彼にプレゼントしたものなんだから、これでよかったんだ、っていう清々しさ。だってグレタにとって大切だったのは、曲そのものではなく、彼と共に過ごす幸せだったのだから。

彼が大観衆の中で歌う「Lost Stars」を聞いたことで、彼女はもう彼とは人生を交われないことを悲しみつつも、また次に進む準備ができた。彼との関係の変化にやっと納得できたのではないかなぁと思いました。

 

グレタだけじゃなくて、ダンのパートもよくてね。

印象的だったのは冒頭、会社をクビになって、もう死にたい思いで地下鉄に乗ってるシーン。「神さまが救ってくださる」的な布教活動をしている男の人が出てきて、ダンは「そうかい、そうかい」って感じで馬鹿にしちゃうんだけど、ダンはその直後に、ニューヨークの場末のライブハウスでグレタの歌声を聞いて救われるんですよ。グレタもまたダンと音楽を作っていくことで、元気を取り戻していく。

それは「神さま」そのものじゃなくてもいい。落ち込んだ心をすくい上げてくれるものが、実は周りに溢れてる。

 

これね、本当にいい映画ですよ。

他の登場人物の造形も皆いい。演技も言うまでもなくいい。

繊細な感情が、映画の中に豊かに詰まっています。

あぁ、最後にグレタとダンが見つめあうあの感じ。沁みた。

(ダンの娘役、どっかで見たことあんなーと思ったら、トゥルー・グリッドの子だった!モス・デフキャサリン・キーナー!そして優しさあふれるジェームス・コーデン!みんな、ありがとう笑!)

 

恋愛とはまた違う人間同士の親しさが描かれているのが素敵だし、才能ってなんだろう、自分には何ができるだろうと、映画は問いかけてきます。

 

日々は過ぎていくばかりで、それに抗いたくて、なんとかその瞬間を捉えたくて、表現ってあるのかもしれないけれど、音楽も、映画も、やっぱり時間と共にある。過ぎていくものなんですよね。

そういう意味でも音楽を巧みに使った映画である『はじまりのうた』は、人生の不可塑性みたいなものをポジティブに伝えていて、すごく励まされました。


大団円じゃないのに、心があったか。さぁ、また始めよう。

 

最後はグレタのセリフで。

全ては変わるのよ。
We can't take back.

 

(サントラ欲しすぎる )

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック