お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『純と愛』第21週 えんむすび

☆ネタバレしています☆
 
前回から超時間があいちゃった!
 
それにしても『まれ』。
お話があまりにぐらっぐらで、登場人物を少し減らしてでも、一人一人をもうちょっと丁寧に描くべきだったのでは?もったいないぞ。製作陣、仲悪いの?ちぐはぐだよ。
 
…って思ってたけど、最近は結構楽しんで見てます。草笛さん、小日向さんが出たあたりからぐっと良くなって、そして満を持しての柳楽優弥ですよ!あの存在感、素晴らしいね。
お芝居は最初からみんなすごくいいし、後半戦頼みますよ。ほんとに!
(と楽しみつつも、やっぱり突っ込みどころが多すぎると思う、このドラマ。ヒロインの恋が成就して、こんなにピンとこないなんてあるかい?)
 
とはいえ、『まれ』は明るいけど機能不全家族を描いているところもあるので、『純と愛』が好きな人なら結構面白く見れると思うんだけどな。
 
さて。
 
<第21週のあらすじ>
里やが焼滅します。
 
この週はね、前半で新生里やがお客さんでいっぱいになって、めちゃくちゃ油断させて、一気に急降下っていう。ヒドいね(笑)。遊川さんもさすがに迷ったみたいだから。相当な展開ですよ。
でもまぁ、今までの流れを考えても、このまま里やが上手くいくっていうのはあんまり考えられないし、これでよかったと思いますけどね。ただ放映時は本当にびっくりしたし、腹も立った(笑)。
 
純は悪くない…か
今週のタイトルは「えんむすび」。里やが燃えてしまうのは、純が結ばれるべきでない男女の仲を取り持とうとしたことが、間接的ではありますが大きな原因となってしまいました。火野さんと水田さんって名前からして相性悪そう。
でも、純は最終的にこんなとになると思って2人をくっつけようとしたわけじゃないですよね。もちろん。
純は里やと仲間たちに出会って、やっと色んなことがうまくいくようになって、すごく人との縁に感謝してるんですよ、この時。「と」の人のことを言い出すのは、そういうこともあるわけです。
みんなのお陰で、ここまで来れた。
やっと「まほうのくに」ができる。みんなを笑顔にできる。
純は張り切りすぎてしまいます。
里やのスタッフも、純が引っ掻き回したことによって、里やでの縁をやっとありがたく思うようになる。
自分に余裕が出てくると、他人に目が向くし、感謝の気持ちも湧いてくるものです。みんなで感謝の気持ちを述べ合うシーンは、まるで最終回のようでした。しかし、人生は続く。
 
前週分のエントリで、「本来の存在意義からずれてしまった里やは焼滅するのは、ある意味自然な流れだ」みたいなことを書いたんですけど、それは物語の構造としてであって、やっぱり愛着のある場所が突然なくなってしまうって理不尽すぎる災難です。
 
もし火野さんが寝タバコなんてしなければ…カップルが正直に向き合っていたら…更に言うともし純が無理やり二人をくっつけようとしなければ…っていうのはあるけれど、純がそういうお節介な性格になったのにもまた不可抗力な家庭環境があったわけで、その家庭環境にも更に原因がある。周りの人間が縁結びにやっきになる純をもっと強引に止めるべきだったのかもしれない。そう考えていくとキリがないわけです。もはや原因ってなに?ってなってしまう。
もちろん火野さんが一番悪いし責任逃れしていいわけないんだけど、こういう精神状態になったのにも経緯がある。
 
善行さんは、何かやらかしたり、悪いことが起こると「俺が悪いんやない」っていつも言っていたけれど、それは間違っていてもあり、正しいと言えなくもない。たとえ因果応報の世の中だとしても、その因果を1人だけが背負うべきなのかっていうのは、改めてここですごく考えさせられました。その答えはおそらく否だからです。でもだからといって、起こってしまっとことは、もう元に戻すことはできない。誰のせいであっても、誰かが引受けなければならない。難しいね。
 
純は里やが燃えて心が固まってしまいます。悲しい気持ちすら出せないほどに。愛くんに「泣いてください。あなたは誰よりも悲しんでるんだから」って言われても、ただ自分の無力感に打ちのめされたまま。「この世に神様なんていないのかな。いるならなんでこんなことするのかな」
それで愛くんは純の分まで怒りを表出するんですけど。それでも純の心は動かない。
 
で、純に悲しみの感情を取り戻させるのは誰かっていうと、晴海さんなんですよ。
これ最初、なんで愛くんじゃないんだろうって思ったんですが、愛くんは既に純と社会的にも世界を共有してしまっているからなんですよね。内側の人にどんなに慰められても「純は悪くない」と言われても、事情が詳しくわかってるからこその優しさだけなのかもしれない。やっぱり自分が悪くて、気を遣われているだけかもしれない。仲間だからこそ、彼らの言葉を素直に受け取るほど、純はもう子供ではありません。それに周りがどう言おうと、何か悪いことが起きた時に、自分に責任を感じてしまうのが、一生懸命な人間というものです。
 
でも晴海は愛くんとは違う。里やの外側にいる人間です。何の事情も知らないし、あまり理解もできない。でも純を信じてる。紆余曲折あったけれど、今は条件なしに存在を受け容れています。何があっても、純がもしかしたら悪くても、味方してくれる。そういう安心感が、純を号泣させるんですねきっと。
晴海は火事が起こる前から「かわいそうねぇ。あんたは悪くないさぁ」と言っていて、不吉な予言めいているんですけど、同時に晴海の純への愛情、信頼みたいなものも表しているのかな、と後から見直して思いました。
愛くんが里やにノータッチだったら、今まで通り純は愛くんに泣きついていたかもしれないね。
 
パートナーとか、仲間ってすごく大事だけれど、第三者でただただ味方してくれるっていう人が誰にでも必要なんでしょうね。人間関係は多種多様に広がっていた方が、特に何かあった時は絶対にいい。避難場所は多い方がいい。「あなたさえいれば、何にもいらない」っていうのはロマンチックだけれど、息苦しくなる一方でもあります。
 
それにしても森下さんの「あんたは悪くないさぁ」っていう言い方は本当優しさに溢れ過ぎていて、泣きたくなる。

 
私を愛してくれさえすれば
やっぱり水田&火野カップルの何がいけないかって、条件付きで付き合ってお互いを利用しようとしたところですよね。他人に向けてより、自己への愛の方が強い。
自己愛をどう乗り越えていくか、っていうのは誰もが抱えうるテーマで、しかも克服することなんてそうできないし、批判しすぎても結局自分に返ってきちゃうんですけど、やっぱり「私を愛してくれさえすえば」はダメですよ。
 
そしてなぜハッキリとダメだと思えるかというと、これも善行さんが全く同じことを言っていたから。善行はプロポーズでまさに同じことを晴海に手紙に書き、その末路は不幸なものでした。
 
水田さんだって、火野さんの抱える問題を一緒に背負うほどの覚悟はありません。条件付きという意味では同罪です。
 
無条件に相手を愛せるか、みたいなことは、次週、純と愛くんにも降りかかるテーマでもあります。
 
いとしの慟哭
里やが燃えてなくなり、茫然自失の純。
その代わりに、この理不尽な出来事に対し怒りに震えるのがいとしです。
 
よくよく考えたら、愛くんは純君が亡くなって以来初めて社会の一員として溶け込んだんですよね、里やで。とても小さな社会だけれど、純に囲われてた頃とは違う。久しぶりにできた自分の社会的な居場所が思わぬ形で突然なくなってしまいました。
 
愛くんは純の心の支えではあるのですが、社会的な成長は純の方が先をいってる。純は直接関わったホテルが既に2つも潰れてますし(苦)。彼はここにきてやっと、大事なホテルを失ってきた純の気持ちを後追いで感じているのかもしれません。
「この世に神様なんていないのかな。いるならなんでこんなことするのかな」という純に、いとしは気持ちを爆発させます。
人生はそんな説明できることばかりじゃないんですよ!理不尽なことばっかり起きてるんですよ!一生懸命頑張ってる人間が損をして、なんかズルしてラクしてる奴がのうのうと生きてるんですよ!だから、いじめとか差別とか、戦争とか、いつまで経ってもなくならないんですよ!それでも俺たちは諦めずに生きていくしかないんですよ!!
週の終わり、純と二人でのアパートのシーンですが、この愛くんのセリフはすごく遊川さんらしいですね(笑)。
理不尽な暴力に憤るっていうのは、当時の世相もすごく反映していると思います。
(今は理不尽な、というよりはっきりと悪意ある暴力を感じる世の中になってきているような気がする…。たった数年でも時代の空気はどんどん変わっていきますね。)
 
いとしは更に続けます。なんとかこの理不尽に負けないように、言葉をつむぎ、吐き出していく。だけどそれは言うほど簡単なことじゃない、ということが次週で描かれるんですね。
愛するためですよ。自分の大切な仕事や、自分の大切な人を、愛して、愛して、愛していけば、笑顔を取り戻せるんですよ。希望を取り戻せるんですよ。そう思うことに決めました僕は!すいませんね!!
 
(いまは『まれ』、『あまちゃん』掛け持ちで見てるだけで結構手一杯。仕事もバタバタ。あぁ時間と心の余裕が欲しい…。この下書き書いたの4月だよ…。)

 

純と愛 完全版 DVD-BOX3<完>

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