お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

韓国ドラマ『ミセン-未生-』が名作すぎる ③

☆かなり激しくネタバレしています☆

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日本で『ミセン』を見る方法は色々あるけれど、やはり本編通り20話のままのものが一番いいですね。ネット配信だと確実にこのパターンで見られるのかな。GYAO楽天Show Timeを私は利用しました。数話は無料だし。

BS放送の一部や、DVDレンタルだと、話数を伸ばすためか日本の放映枠に合わせる為か、編集でエピソードの始めまりと終わりが変になっちゃってるので(せめてレンタルは20話にしてほしいよ)エピソードごとの流れを考えるとうーん…。

と言いつつ、上に書いた全ての方法を駆使して、最終話まで辿りついたんですけども!

 

『ミセン』にはいいセリフがたくさん出てくるけれど、セリフで全てを説明するわけではありません。ちょっとした表情や状況だけみせて、視聴者に想像させる部分も多い(そこがこのドラマの素晴らしいところの一つ)。そういうこともあり、どのバージョンで見るかって、とても大事な気がします。

 

組織の中で正しいことは為せるのか

『ミセン』では会社という組織を描くことで、様々な社会的、倫理的テーマが浮き彫りになります。その中で、何度も何度も繰り返されるテーマのひとつが、良心と保身。もっと言うと「組織の中で正しいことは為せるのか」という命題です。みんなこれについては悩んだことがあるんじゃないでしょうかね。

 

会社に限らず、様々な思惑の渦巻く組織のなかでは、いわゆる「正義」を通すことは歓迎されていないことも多い。

組織の利益や、自分の立場を守ることは、自分の良心に蓋をするということになりうる。割り切れない性格だと特に、この葛藤はキツイです。


グレが正式に入社して早々、大事な書類がなくなる、という事件が起こります。新入社員4人は(彼らの上司達もですが)それぞれ別の立場で、良心が問われた。そして正しいことをするということは、自分の立場を危うくする行為でもあるということを体感します。 

 

良心か保身か。信念か妥協か。

 

そんな厳しい選択が常に問われるなか、グレの所属する営業3課は、できる限り良心と信念を選んでいく。

オ次長が一本気な性格で、かつての取り返しのつかない保身を強く悔いていること。キム代理がフラットでオ次長を信頼していること。そしてグレが2人の上司を尊敬しつつも、組織とは無縁の囲碁という真っ向勝負のみの世界で生きてきたこと。

そういった3人の性格や様々な背景が化学反応となって、課はどんどん良心優先の推進力をつけていくのです。不正があれば、時には危険をおかして告発する。

 

ただ『ミセン』は、不正を行った者だけでなく、不正を告発した者にも何らかの制裁が与えられるということもまた、繰り返し描いているんですよね。

 

例えば、営業3課に途中パク課長という人が異動してくるのですが、彼は勤務態度が悪いだけでなく、お金絡みで黒い人だとわかる。またこの人がいかにも悪そうな顔なんだわ笑(チンピラみたいな役でw多数活躍されている役者さんです。お名前調べたらキム・ヒウォンさんという方でした。覚えておこう)。会社の案件を利用して私腹を肥やしていたんですね。

で、チーム営業3課の3人は、最終的に彼を告発する。もちろんパク課長は懲戒です。

だけど、パク課長が懲戒ということは、不正に気づかずに彼の案件を通していた営業部長(キム部長)もまた責任が問われてしまう、ということなのですよね。(新人の時からキム部長にお世話になっていたオ次長はこれを懸念して告発をやめようとするが、部長はわかった上で告発させる)

嗚呼、組織…。

 

更には同じ課の人物を告発し、その結果部長を左遷という形で追いやったとして、営業3課の3人は社内でも苦しい立場に置かれてしまう。正しいことをするには痛みを伴うし、何かを得れば何かを失う。 そんな世界観が、かなりシビアに浸透しています。 

 

また、パク課長も元々は優秀な商社マンであり、彼が道をそらしてしまった理由のひとつは、会社というシステムそのものにあったことも説明されます。どんなに成果を上げても、一社員である限り会社に利用される側でしかないことに、彼は気づいてしまったんですね。

ダークサイドに堕ちたのは「特別悪い人」だったから、だけでは決して片付けられない。

 

組織での正しさとは一体なんなのか。簡単に出る問いではないですね。人が集まる以上、みんなが同時に幸せになるのは難しい。

そして、この命題こそが、期間限定で働くグレに重大な意味をもって降りかかるのです。

 

契約社員のグレはどうなっちゃうの?

話が進み、営業3課はグレの活躍もありどんどん成果を上げていきます。が、話が進むということはグレの契約終了に近づいているという意味でもあり。

ある日、オ次長はかつてのウンジさんと同じ問いをグレに投げかけられる。

「頑張っていれば、正社員になれますよね?」

ウンジさんのことがあったオ次長は、「正社員になることは無理だ」とはっきりグレに言います。もう「自己啓発本」みたいなことは言えない。

でも、グレに希望を持たせられないことが、本当は苦しくてたまらない。だって、オ次長はグレの頑張りや能力を誰よりも認めてるわけで、本当は正社員になってほしいと思ってるはずだもの。グレの人生を応援したいと思っているはずだもの。

頑張って働いていても、契約社員は正社員とは福利厚生も将来性も全く違う。自分で通した案件であっても、担当させてもらえない。

しかもグレはそんな格差以上に、「ただ皆でずっと一緒に働きたい。だから正社員に」っていう人ですから。

 

両思いなのに障害があって添い遂げられない。『ミセン』は恋愛要素ないって言われてるけど、オ次長とグレはもうラブですよ全くもって。お互い大好きだもん。

 

曇り空の屋上でオ次長がソン次長に、グレの行き先をどうすることもできない葛藤を吐露するシーンは、『ミセン』の中でも特に強いメッセージが込められているなぁと感じました。

オ次長:

「難しい時代だ。無責任に励ましても、意味がない」

ソン次長:

「私は励ましの言葉をかけられない世の中の方が怖い。無責任な励ましでも、すがる人は多い」

私たちは、頑張れと楽観的に誰かを励ますことのできない、そんな時代を生きている。この2人のセリフにとても共感しました。凄く心にのこってる。

 

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ソン次長

オ次長の同期であり、幼い娘を育てる母親でもある。オ次長が女性に紳士的なのは、同期に女性がいたり、奥さんが元バリキャリであったということが大きいと思う。ウンジさんのことだけでなく。こういう設定が本当にうまい

 

そうこうしているうちに、因縁の専務から営業3課に巨額のお金が動く中国の案件がまわってきます。ウンジさんの時とダブるような、不正の匂いがぷんぷんする案件が。

 

本来なら絶対に断りたい。けれども、日陰の営業3課にいるせいでキム代理は肩身の狭い思いをしているし、何よりこのままいけばチャン・グレは慣例通り正社員にはなれずに社を去ることになってしまう。

案件を成功させ、営業3課の大きくし、自分が部長になれば、部下たちを、特にグレを助けられるかもしれない。だがもし失敗すれば、営業3課自体が終わってしまうだろう。
しかも、専務はそれをすべてわかってこの案件をまわしてきている。彼は営業3課を自分の盾と矛にしようとしてるのです。

オ次長に究極の選択が迫られます。

 

もうね、オ次長はすごく悩むんですよ。グレを外してだけど、課内でちゃんと協議もするし。(この頃にはチョン課長というできるお方が3課に異動してきております。中途採用で同期になるような仲間がおらず、社内政治に敏感、というまた絶妙な設定)

 

ウンジさんのことがあるから、そもそも自分が誰かを助けていいのか、他の誰かの人生に踏み込んでいっていいものなのか。オ次長は奥さんの前でも迷いに迷う。場合によっては自分のクビも飛ぶかもしれないですし。(夫がウンジさんのことに引っかかっていることを見抜き、「ウンジさんを見送りなさい。あなたは間違ってない」「会社を辞めるならボーナスが出てから!」と言えるこの奥さんの強さ!)

 

それで腹を決めて専務の案件を受けるものの…話を進めていくと、いよいよ契約相手に超寄った黒い案件だとわかる。こんな案件を持ってくる専務も高い確率で黒です。

それでも結局、オ次長はグレのために、この不正案件を進めてしまうんですよ。

 

一方グレは「いつもの次長だったら、こんな案件は絶対断るのに」ってすごくいぶかしむんですが、オ次長がいつになく本気モードなので「なんでだろう…変だな変だな」と仕事が手につかない。まさか、自分のためだとまでは思い至らない。

でも、その様子を見聞きしていたベッキが、先にオ次長の真意に先に気づくんですね。この頃になるとベッキはグレを完全に認めているので、教えずにはいられなくなる。「オ次長が案件を進めるのは、君を正社員にさせるためだよ」と。

 

専務の案件を止めるよう、グレがオ次長に直談判するシーンが良くてですね。夜の屋上で。もの凄くストレートに訴えるんですね。こんなおかしな案件を受けるのは、僕を正社員にする為でしょう?って。「僕のせいで判断が鈍ってませんか」「営業3課がなくなれば何の意味もないですよ」

いい部下って、ただ上司の言うことを聞くだけでなく、必要な時にはちゃんと上司に進言できる人だと思うんだけど、グレはまさにそれをやる。まぁこの場合は、公私の感情が入り混じって、最高潮に気持ちが昂ってるんだけれども、自分よりオ次長と3課を守らなきゃという気持ちが切実に伝わってきます。

対するオ次長だって、全てをわかった上で、覚悟の上で進めてるから「そんなこと言うんじゃない!専務はちゃんとした人だ!全員守ってみせる!!」って自分にも言い聞かせるように、グレを叱りとばす。

この展開、アツすぎるよ…。

 

お互い相手のことを思っているが故の対立です。

オ次長が何と言おうと、グレはどうしてもこればっかりは納得できない。でも「オ次長のお気持ちは有難いけれども、でもやめて」って再度お願いしても、オ次長は聞かない。オ次長も「今度こそ部下を守る」と半端ない決意の上で、自分の信念を曲げてやってるから、もう後には引けないのだよ。

 

そんな時に電話がかかってくるんですよ。ワン・インターナショナルの中国支社から営業3課に。オフィスにいるのはグレだけ。

この案件が怪しいので、前々から営業3課はこっそりさり気なく中国支社に現地の事情を聞いたりしてたんですね。

で、そのたまたま3課にだれもいない時に、中国支社から次長あてにきた電話をとってしまったグレは、最初は「次長はいないけど、この通話は録音するので、伝言があればどうぞ」って感じで対応するんだけど、心配のあまりどんどん熱くなってきちゃって「専務の中国案件って絶対おかしいですよね!!(大意)」と口走って、相手に無言の同意をさせてしまう。

 
で、どうなるか。

専務とオ次長はワン・インターナショナルを去ることになります。

 

電話相手の中国支社は、電話が録音されていたことで、不正黙認の罪に問われる可能性に震える。だから発覚する前に監査へ通報するんですね。自分たちの身を守る為に。組織での保身は避けられない。彼らもまた打つべき手を打った。

 

かつて契約社員を追いやった2人が、契約社員であるグレのとった行動によって(図らずも)会社を追われるという展開は物語的に納得…ですが、オ次長が会社を辞めるっていうこの衝撃たるや。(専務は左遷。オ次長は結果的に中国の賄賂体質を表沙汰にしたため、中国と取引の多い社内全体から大ひんしゅく&業務に支障が出て、肩叩き的な形で辞表提出) 

 

オ次長が会社を去る朝、机を片付けているところにグレが出勤してきた時の、オ次長の笑顔がさ…もう最高なのですよ。悲しい時にも、グレを思いやってる。グレが可愛くて仕方ないっていう絶妙なお顔(泣)。

最後まで グレに「お前は悪くない。お前を心配させた俺が悪い」って言ってくれるしさ。「最後まで見守ってやれなくてごめん」って言うしさ。何なのよ、この上司は。かっこよすぎるよ。

 

グレは呆然自失です。営業3課を守りたかったのに、自分のせいで誰よりも尊敬する上司を失ってしまった。 そりゃ泣くよ(家に帰ってやっと、こらえきれずに大号泣するのが、グレらしい)。

自分の良心と信念が周りまわって、大切な人を傷つけることがある。この現実辛すぎる。組織での正しさって、いよいよ本当になんなんだろうね。

 

専務とオ次長が去った後、周りの上司、同期の尽力もあり、グレ正社員登用の検討はされますが、結局その願いは叶いません。

チャン・グレは契約満期終了に伴い、ワン・インターナショナルを静かに去っていくのでした。

 

(あの電話であんなこと言わず、中国案件がうまくいってたら、グレは正社員になれたのかもしれない。ここでもまた、物語上の「告発者は制裁あり」ルールが適応されたのかな。でもこれで良かった)

 

(あと、オ次長が中国案件を決めるのに奥さんの最後の一押しがあったように、グレが中国支社からの電話を受ける直前にグレがお母さんと話すシーンを入れていたのがうまいと思った。経済的に生活を支えてるからこそ、自分の信念は簡単に通せない。あの会話でグレは会社を去ることを想定してる感じだった)

 

グレの入社と専務の思惑

専務って本当につかみどころのない人ですよね。マ部長みたいに、常に怒鳴ってる暴君の方が、感情を出してるので(出しすぎだけど)まだ人間らしい。

 

専務は取り乱すこともなく、基本微笑みの人で話し方も穏やかなんだけど、何を考えているのかわからない。物語の後半は誰よりもヒドいことを吹っかけてくるし。とんでもない策士だよ。

 

オ次長も言ってるけど、専務は自分を意図的に良心をなくした人なんですよね。ウンジさん事件があり、邪魔になった良心を無意識に消したんだろうと。

専務の描かれ方は、すごくモンスター的です。

 

そうなると、そういう専務がグレを引き入れたのは、単に知り合いに頼まれたから?なんか策略あったよね?って思っちゃうのは自然の流れですよ。

  

知り合いに頼まれたとはいえ、いくら地あたまが良いからといって、グレの経歴で一流商社に入社させるっていうのはかなり無理がある話です。しかも専務は自分のことしか考えてないので、人助けとかしないでしょう。

グレのインターン投入は人づきあいの延長としても、契約社員として残したのは自分の駒として使おうって魂胆があったに違いないと、勝手に私は思ってますよ(みんな思ってるだろうけど笑)。実際、中国案件のキーパーソンはグレだったわけだし。

  

もちろんグレがインターンやプレゼン試験を頑張ったのはあるけど、同じ時期にオ次長はキム代理の懲戒を免れるために、本当は顔も見たくない専務に頭下げに行ってるんですよね(日本リメイクだとこの辺の時系列が違う)。

で、あぁコイツは相変わらず部下のためなら動く奴なんだな、って専務は思ったはず。

 

グレの採用理由は明らかにされませんが、たぶんオ次長はグレを推したはずなので、それを知った専務が更に推したという感じなのかな。(オ次長が辞めた夜の飲み会で、酔っ払いながらも「俺の最大の後悔はこいつ(グレ)を連れてきたこと」的な発言あり。いつどの時点からかが省略されていたので、この辺の韓国語のニュアンスが知りたい…。専務は、グレ正式入社直後に営業3課までわざわざやってきて「オ次長が珍しいこと(専務に頭を下げたこと)をしたから」「2人(オ次長とキム代理)の笑顔が見れて良かった」と言っています)

 

オ次長は「専務はウンジさんのことを忘れてた」って言うけど、それこそ無意識ではしっかり覚えてて、最終的には当時とほぼ同じシチュエーションに持っていってる。専務自らラスボスになった感があります。

 

オ次長が中国案件を受けるか迷ってる時に、「もう一度専務と戦わなければと心のどこかで思ってるのでは?今こそ勝負の時だ、って」とソン次長が指摘するんだけど、専務もまたオ次長との勝負を必要としていたのだろうな。かなり状況が厳しくても、最後は「全責任をとる」と約束してまで中国案件を通そうとしたのは、専務も過去の決着をつけたかったのかなって思ってしまいます。

 

専務の中国案件は、どうなっても誰かが傷つくことがわかっていた。万が一成功したとしても、営業3課は信念を曲げてたわけだから両手離しのハッピーはありえない。

しかも、あの案件をふっかけてきた時点から監査通報までには、何度も案件を降りるチャンスはあった。だけどその都度それを選ばずに、誤った選択を重ねた結果が専務、オ次長、そしてグレの顛末に表れたのだと思います。

専務の正義も、次長の正義も、グレの正義も全て間違ってたとは言えないけれど、全てが正しくもなかった。

『ミセン』で描かれているのはタイトル通り、良く悪くも、「生きるとは不完全であること」なのだと感じます。

 

たぶん次で『ミセン』エントリは終わります…。

 

ミセン -未生- DVD-BOX2

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