お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』 第19話を見たよ③ ヨナが見た夢

☆最終話までの展開を含めたネタバレしています

まずはネタバレなしで見たほうが、圧倒的に面白いです

 

では、やっと19話のつづきです。

今回はこちらの記事の内容を前提として進めます。

mikanmikan00.hatenablog.com

 

ヨンファの問題の根本は満たされなさであること。皇宮を追い出された恐怖心と元々持っていた虚しさを、皇位で埋めようと躍起になってること。立場を得れば心は後からついてくると思っていること。境遇から考えるに、ワンソに強い共感がたぶんあるということ。自分を見捨てた父親を憎んでいること。ヘスが嫌いなこと。一族を捨て皇太后になる選択は、ヨンファを今以上に孤独にし心の平穏は今後やってこない、つまりヨンファは根本的に欲しがるものを間違えているということ。

…などなど、長々と書いております。

 

<目次>

 

 ヨンファとワンソは同業者になる 

19話で描かれるのは、皇后としてのヨンファの転身です。そしてその転身は、ヨンファの意志によって遂げられる。

それは視覚的にもわかりやすく表現されています。具体的には、ヨナの①入浴(意志)→②寝巻き(選択)→③豪奢な皇后の服を着る(結果)というもの。ヨンファは今までの自分を脱ぎ捨て、選び、新たな自分になるのです。

 

① 入浴

まず、序盤。

ひとり湯につかり、ワンソに突きつけられた条件を思い返すヨンファ。

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 ワンソに「子を正胤にしたければウクと家族を捨てろ」と言われた直後はさすがのヨンファも動揺を見せていましたが(18話)、ここではすっかり心決まっています。表情に迷いも恐れもありません。これで、本当に本当の私になれる。ヨンファが見ているのはまさに自己実現の夢。

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 「この高麗は必ず私の息子のものにしなければ」

 

ヨンファは文字通り「裸の状態」で、この決心が何にも縛られることのない自身の強い意志であるということが伺えます。

またここは、ワンソと床を共にするための準備という意味にもとれる。彼女はワンソとの子が欲しいわけですからね。身を清めているんですね。

 

さらに加えて、皇后ユ氏との対比。

入浴シーンと言えば、皇后ユ氏が強烈に印象に残していますよね(3話)。それと同じ構図でヨンファに入浴させているのは、彼女が皇后ユ氏の人生を追いかけているという作り手からのメッセージが明らかにあるわけです。

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皇后ユ氏の入浴シーン(3話)。

 

見直してみると、ヨンファの「この高麗は必ず私の息子のものにしなければ」っていうセリフも皇后ユ氏が3話で言ってました。そっくりそのままのフレーズ。あぁもう完全なる確信犯。皇后ユ氏の場合は独り言ではなく、ワンヨに言うんですけれどもね(これもまた意味深い)。

 

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「忘れるな。この高麗は必ず私の息子のものにしなければ」(3話)

 

皇后ユ氏が皇位を欲するのは息子のためではありませんでしたよね。彼女にとってワンヨは自分の分身にすぎません。「この高麗は必ず私の息子のものにしなければ」という言葉はワンヨに言っているようで、自分に言い聞かせている。忘れるな、この高麗を私のものにしなければ、私の心は満たされない。

皇后ユ氏はわからないところが多いキャラでしたので、ヨンファがある意味皇后ユ氏のエピソード0というか、二人の人生はどこか補完し合っています。

 

②寝間着

そして中盤。ウヒの悲劇的な死のあと、ペクアは「側にいるのが辛い」とワンソの元を去ります。ワンソは大事な「私の者」をひとり失ってしまう。その流れで、ワンソがヨンファの部屋を訪れるシーンへ。ヨンファはこの時、寝間着(でいいのよね…?)でワンソを迎え入れます。

 

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「お前の決心は確かか?」

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「そうです」

 真剣な口調のワンソと、妙に初々しい声色のヨンファ。会話はこれだけ。

 

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見つめ合う二人が、カーテン越しに映されます。

契約は成立。

二人は「同業者」となったのでした。

 

とても短いシーンですが、ここがワンソとヨンファの最大の分岐点ですね。

ヨンファはウクと家族も捨ててでもワンソとの子を持ち、その子が皇帝になることを選びます。

 

これ、一見ヨンファだけが選んでいるようですが、ワンソも「ヨンファに問う」ということを選んでいます。まぁ、答えは想像ついてるだろうから、これって結局ワンソの選択であり、意志。選択を問う側の方が、先に選択をしてるっていうのは、この物語でもよく見てきたことです。やっぱり、このタイミングでワンソがヨンファのところに行ったというのが大事でしょうね。ペクアがウクの策略(ウォンも悪い)のせいで自分の元を去ってしまい、ワンソに残されたのはヘスだけ。このままだと、ヘスが奪われるのも時間の問題で、一刻も早くウクを止めたいけれど、ワンソの力だけでは止められない。ワンソには緊迫した理由がありました。

 

さて。このシーンには大きな含みがありますね。

それは「二人はここで深い仲になった」という見方ができるということ。ワンソはポーカーフェイスなんですけど(あえてでしょう)、ヨンファは恥ずかしそうにしてます。入浴からの流れもありますし、ここを境にヨンファは一段と強い態度を見せ、自信にあふれる。着飾り度が増し、より美しくなる。心情描写から見ても視覚的描写から見ても転身を表しています。ヨンファを変えさせる出来事がこの時たしかに起こっているのです。さらっとごく短いシーンですが、そういう展開だと考えるほうが自然でしょう。

 

…と言いつつも私、結構最近までこの件に関してはちょっと認めたくないというか笑、なかなか受け入れられなかったところなんですよ!だって、ワンソにはヘスがいるじゃないか(素直な視聴者笑)!!このブログのコメント欄に「二人は深い関係になったのでしょうか?」と書いて下さった方がいて、思わず私は物凄い勢いで「違うと思いたい」という旨のお返事してしまったりもしたんですが(その節は長すぎるコメント返しで大変失礼いたしました汗)、そんな必死に否定してる時点でこりゃそうだなと我に返り、逆に認めるに至りました。ははは…。

 

ヨンファの様子だけでも方向性としては確定だと思うのですが、更に言うと、このシーンってカメラがカーテン越しに二人を写してるんですよね。私にとってはこれが大きかった。演出的な意図を考えると、カーテンの内側は「閉ざされた世界」、さらに転じて「秘密のことが行われる場所ですよ」っていう。で、そこにあるのはベッドなわけです。もうこれは、認めざるを得ない…気がしたよ。赤いカーテンの内側にいる人は「皇帝と性的に関係がある」というサイン(このあたりは高麗の皇宮文化に詳しい方だとすぐわかるのでしょうか…?)。浴室にも同じようなカーテンがあるので、意味的にも繋がりを感じます。

 

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17話。ヘスも赤いカーテンの内側にいる人。

 

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18話。ワンソとヨンファは婚姻しますが、その直後ヨンファはカーテンの内側に入ることに失敗。しかし、ヨンファのベールも赤で(意味深い)、一応ベールは上げてもらってるのよね。ワンソはヨンファの存在自体は否定していない。

 

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そして、ヨンファも内側に。

そもそも「兄と家族を捨てればお前との息子を正胤に」っていうワンソの約束がいつ生まれたかっていうと、ヨンファがワンソに「子供が欲しい」と迫ったからなんですよね。この約束は、初めから性的でした。

 

③皇后の服

そしてワンソはウクを陥れ、死刑を宣告。

兄ウクが大ピンチに見舞われるなか、妹のヨンファは自室で豪奢な衣装をまとっています。意志を固め、大きな選択をしたヨンファにもたらされた結果は、息子が皇帝になることを約束された最強の皇后への転身。ヨンファはそんな自らの姿を、鏡で確認します。

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そこへ血相を変えてやってきた皇后ファンボ氏。「兄であるウクを助けよ」と求めますが

母「ウクが陥れられた。死ぬかもしれぬ」 

娘「挽回できぬ間違いがあったとか」  

母「お前が兄を助けてくれ」 

娘「お断りします(キッパリ)

母「皇后

娘「たかが兄の罪で政務に関われませぬ。罪が重すぎます。黄州の皆さんも私と同じです。期待しないでください」 

母「たかが!?兄の命をたかだだと!?」

娘「いまや、私が皇后なのです。家は大事で兄上は残念ですが、大きな絵を描かねば。私を放してください、母上」

 

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「お断りします」

 

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「いまや私が皇后なのです。…私を放してください、母上」

ヨナ史上最高に美しいヨナ。

 

太后になるということは、母よりも格上の皇后になるということ。というか、母はもう皇后ですらない。ヨンファは正面切って堂々と母への絶縁宣言をし、ワンソとの約束を守ります。

 

皇位争いのすさまじさを考えると、「息子を正胤にする」っていう確約の別格感ったらないんですよね。これ、ほんと凄いことよ。それによって将来確実にファンボ家から皇帝が誕生するなら、そりゃ少なくとも黄州のみなさんはヨンファについていくしかないよなぁ。

 

また、「家は大事で兄上は残念ですが、大きな絵を描かねば」っていうのは、17話でワンソの皇位奪還が迫る中で皇后ファンボ氏がヨンファに言った、

「天下を手に入れ心を失うか、心を手に入れ狭い世界で生きるか」

っていうセリフに応えたものでしょう。

ヨンファはワンソとの約束だけでなく、母の教えも守っているとも言える。母からしたら何たる皮肉。因果応報。

 

姫として生まれたヨンファには、今まで選択権がたくさんあるようで実は全然なかった。ヨンファにとってその時々の選択は、身を守るにはそれしかない、選択肢のない選択でした。

けれども、この選択は違います。「兄と一族を捨てるか」という問題に際して、少なくともヨンファの立場や命の危機はなかった。やむを得ない選択ではなく、ヨンファの気持ち次第の選択だった。ここでのヨンファの姿に私はちょっと泣いてしまうんですよね。「家族を捨てでも私は皇后として好きなように生きる。指図は受けない」っていう強固な態度に隠れた切実さに。それほどまでに、ヨンファはままならない人生を生きてきたということだから。孤独だったということだから。そしてその結果、自分を守ってくれていた家族を捨ててしまっているから。普通だったら怖気づくような選択を(実際怖気づいてはいた)、自分のためだけにするんですね。

 

だけど同時に思うのです。この時のヨンファは確かに転身しています。今までのどのヨンファよりも強く美しい。輝いていると言っていい。何より、自らの意志に基づいた選択でした。だけど、どこか陰りがある。それは家族への罪悪感もあるでしょうけれど(この後ヨンファは何度か涙を見せている)、結局のところ彼女は依存先を変えたにすぎないんですよね。頼る相手がウクからワンソに変わっただけとも言えるのです。これだけ頭が切れる女性なのに、ヨンファは精神的に自立することができなかった。彼女は根本的には何も変わっていません。今まで孤独であったこと以上に、これは見ていて悲しいことです。

 

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母は怒り心頭。ウクと同じとまでは言わないが、序盤からのキャラは反転。

 

皇后ファンボ氏はもう相当怒ってますね。

彼女はスタート時、ものすごく穏やかで聡明な好人物だったわけですけれども、今思えばあれもまたひとつの処世術だったのでしょうか。受け入れ、諦めることが最大の防衛でした。いつも耐えていました。ウクもそうですよね。だからこそ、「ヘスと結婚したい。政治はうんざり」と言い出した息子ウクに共感を示したわけです(10話)。

けれどその一方で、このお母さんはヨンファには全く共感していないんですよ。ヨンファが皇位がらみで騒ぐたびに、母は正論でヨンファを諫めています。そのどれもが真っ当で、ヨンファが抱く怒りも恐怖も、母は共有しようとしていませんでした。

これなんでかなぁって考えてみるに、皇后ファンボ氏とウクには「守るべき存在がいたから」かなって思うんですよね。危機のたびに、母と兄は家族を守る側に立っていた。だからこそ、二人は「色々あったけど過去は忘れよう」と建て前だけでも思えたんじゃないかっていう気がするのです。陥れられた過去はあるけれど、少なくとも今はそうではない。彼らの最低限の望みは叶えられていました。

対してヨンファは、ただ守られる立場であり、しかも自分だけで自分を守ることさえも難しい。そして昔も今もまったく心が満たされたことがありません。何の望みも叶えられていないままでした。その違いが余計にヨンファを孤独にさせたのかなって思ったりもします。

 

ワンゴンが亡くなり…皇后ユ氏が亡くなり…と話が進むにつれ、つまり抑圧していた人物がいなくなるにつれ、皇后ファンボ氏は強気な面を見せ始め、結構怖いこともしてますが、このお母さんは「子供の命は絶対守りたい」っていう気持ちは一貫していました。ワンソが皇位を奪いに来た時に、母はウクを捨てたけど、それだってウクをある意味守っている。そうしてなんとか必死に子供たちの命を守ってきて、やっと娘が皇后になったのに、その娘がこともあろうに息子の命を捨てようとしているという。娘はここで、母が最も望まないことをするんです。ヨンファはウクだけでなく、母の人生を破壊するんですね。つまり、家族みなを本当に捨てている。ヨンファと皇后ファンボ氏の関係はここで完全に断絶します(インター版の最終回では、その断絶が生涯続くことが示唆されます。母娘の戦いを直接する代わりに、母はウクの息子に皇位を狙わせようとする。代理戦争の予感。最後の母ちゃんはウクが引くほどに怖いよ)。

 

また、ヨンファの入浴シーンは皇后ユ氏を思わせる作りでしたが、この着替えも皇后ユ氏に対応していると思われる箇所がありました。2話での皇后ユ氏の身じたくシーン。皇宮紹介的な流れもあるから、こじつけかな?でも、結構ちゃんと映ってます。

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このシーン、皇后ユ氏も自分の姿を鏡でしっかりと確認してるんですよね(向かって左側に鏡があります)。結局、着るものだったり宝石だったり、外側からしか自分の在り方を確認することしかできないのかな。皇后ユ氏もヨンファも、夫である皇帝と心の繋がりは一切ないですものね。内側を探しても、そこに彼女たちが見たいものは何もないんだよ…。

  

そういうなかで皇后ユ氏の特筆すべきは(これ他のエントリーでも何回も書いてしまってますが)、ジョンを無償の愛で育てたということなのですよね。ジョンは他の皇子からするとかなり自分らしく生きていて、皇位とは別の形で母の願望を叶えている。皇后ユ氏は人間にはありのままの心が必要だと知っていた人でしょうね(意識か無意識かわからないけど)。だから彼女は、ワンヨが死んだ後にジョンまで奪われると、あっという間に死んでしまう。二人それぞれに授けた皇位と心がなくなってしまったら、もう生きる理由がないのです。残されたのは、悲しみ、憎しみ、寂しさで、それらを背負わされていた息子がワンソでした。自分と向き合わなければ、暗い気持ちは置き去りにされたまま。本当の自分なんてそんなものなのです。それがあの臨終のシーンで表されていたことなのかもしれませんね。

 

ヨンファの満たされなさは、元々は自分らしく生きることを許さない環境的な要因からくるところが大きかった。それはヨンファのせいではありません。けれど、自分らしくありのままに生きるって、自分の弱さを認めることから始まるのですよね。そしてそれはよく考えてみると、誰もがどこにいてもできることです。立場も関係ない。承認もいらない。必要なのは意志と勇気だけです。

その意味で、ヨンファがこの物語で最も尊かったのは、12話でワンソに素直に愛の告白をした瞬間だったんじゃないでしょうか。彼女は告白をこう始めます。「自分がどんな人間か考えてみました」。ヨンファは自分と向き合いました。そしてワンソに素直に想いを伝えた。あれだけプライドが高く、自分を守ってばかりの人が、偽りなしに好きな人へ「好きだ」と伝えることがどれほど難しいか。ヨンファの想いは叶わず、その後は周囲の人間もろとも不幸になっていくばかりですが、あの瞬間だけは彼女は人生に祝福されていた気がします。あの時ヨンファは「ありのままの私」になっていたのです。

 

ワンソの肖像画と見えない仮面

さて。

ここまでヨンファに焦点をしぼって見てきたんですが、じゃあワンソは?ということになるんですよね。あんだけ「ヘスが好きだ」と言いながら、ヨンファとね…「同業者」にね…なるわけじゃないですか…。ソや、一体どういう気持ちなのよ?ってなってしまうよ。

 

そこで注目したいのが、肖像画です。ウク失脚の直後に、ワンソは自分の肖像画を書かせますよね。一見、ワンソは脈絡なく自画像を描かせます。このシーンはなんなのだろう?

 

ここでのポイントは恐らく、ジモンが皇帝らしく誇張した絵を描かせようとしたのにもかかわらず、ワンソは皇帝としての姿でなく見たまま描けばいいと指示していること。

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ワンソ「同じように描け。絵を見ただけで俺だと思う程に」

ジモン「真殿に置くのではないのですか?皇座にも座っていないゆえ、皇帝か皇子かわかりません」 

ワンソ「まだ若いのに遺影は必要ない。贈りたい者がいるのだ」

 

贈りたい者っていうのはヘス以外考えられないわけで、ワンソはヘスに見たままの自分の姿(絵)をあげようとしている。「ありのままの自分を理解し愛してほしい」というワンソの願いは作中ずっと描かれてきたことですが、ここでダメ押しで表現されています。

この時点のワンソは既にヘスから別れ話をされていて、しかしヘスを手放したくないと思っている状態。立場上いつも一緒にいられないにしても、ヘスが遠くに行くことは許してはいません。ワンソの絵がヘスの気持ちを変えるとも思えない。ナルシズムや甘えだけでもない(はず)。何のための絵なのか。

 

これ…ヨンファと「同業者」になったからこそ、ワンソはこの絵を描かせたのかなって思うのですよね。ただヘスと仲直りしたいとか、皇位の座が孤独だからっていうことだけではない気がする。ヨンファに皇位は与えるけれど(そこに性が介在することになったけれど)、「心はヘスだけにある」っていう宣言がワンソはしたかった。形に残したかった。そのための絵。だから、このタイミングで肖像画を描かせる必要があった。ワンソは「ヘスを愛するただの男である自分」を絵に描かせて、自分の心を証明したかったのです。「贈りたい者がいる」と言いながら、むしろ自分のために描かせている。ワンソはヘスの愛情を失うのが本当に怖かった。失ってもおかしくないようなことをした。

こんな風に考えてしまうと、個人的にはこの絵のシーンにより「ワンソとヨンファは深い仲になった」という確信が強まってしまいました。ハッキリとは描いてませんけれどもね。そう受け取ることができるし、意味も通ってしまう。ヨンファもそうだけど、人って不安な時ほど目に見える何かで安心したくなるものなのかな。

 

いくら心と体を分断させたとしても、そこに愛がないとしても、ワンソの選択っていうのは共感を得られるものではありません。視聴者の立場からしても、かなり厳しいところです。誠意がない男ではないはずだけれど、やってることはヘスへの裏切りですからね。ワンソはあらゆる意味で本当に孤独な存在になっていく。皇帝が婚姻を政治利用するっていうのも、このドラマに何度も出てきたことで、ワンゴンだけじゃなく(6話でヘスも利用されそうになっていた)、ワンムもワンヨもそうだった。だけど、ワンソにされちゃうとね…っていうのは正直ある。だからこそ、ヨンファとの関係は濁して描かれている。

 

ただ、これも繰り返し書いてしまいますが、ヨンファとの同業者契約の大きな目的は「ヘスを守るため」だということなんですよ。苦しいね。ペクアが離れていった直後に、ワンソはヨンファと契約してますから。ウクを排除するにはヨンファを利用するしかなかった。ヘスを愛してなければ、ありえない契約なんですよね…。ワンソ最大のジレンマです。周りの人にどう思われようとも(視聴者さえ味方してくれなくても)ヘスを守ろうとしたんだよなぁ…。

でまた、ワンソはちゃんとギブ&テイクしています。ブラコンのヨンファは、「兄を捨てる」というこれ以上ないほどの代償を払いましたからね。ちゃんと息子を皇帝にします。あくまでヨンファと契約をしてそれを守っているあたりがね、心が介入していないと同時に誠意があるんですけどね。約束を反故にしたっていいところをね。

 

もちろん「ヘスがいるのに可哀想じゃないか」問題もあるけれども、「むしろ生きてる間にビジネスでそうなったほうがいい」という考え方もできます。ヘスがいなくなってから変に情が湧いたりされるほうが嫌だっていう。実際ワンソは最後までヨンファを愛さないですよね。ヘスが亡くなったあとではヨンファと契約を結ぶ必然性も弱まりますし(ワンソは皇位を捨ててもいいと思っている)、ワンソがヨンファと「同業者になった」のは、あくまでも「私の者」であるヘスを失いたくないからです。

 

で、ちょっとそのあたりに関連した先取りなのですが、最終回でヨンファは「なぜ息子を愛さないのか」って責めるシーンがありますよね。地上波テレビ版では残念ながらカットされていたんですが…。ヘスが亡くなって数年経った頃ですね。

 

ヨンファ「誕生日なのになぜ息子を訪ねないのですか」

ワンソ「皇后が祝った分で十分です」

ヨンファ「父を怖がっています。陛下がこの子を競争相手のようにお考えゆえ。既に慶春院君、興化宮君、甥まで始末され…けれど息子だけは信じなければ」

ワンソ「いいか皇后。私は仮面の下に本音を隠す者をよく知っている。皇后もあの子もいつか俺を討つかもしれない」

ヨンファ「それで今もあの娘のことだけを想っているのですか?民は平等だと騒いだのはヘスしかいませんでした。ヘスが忘れられないから、奴婢按検を?…私が知らないとでも?」

ワンソ「そうだとしよう。だが皇后が知って何が変わるのだ」

ヨンファ「…こうしてみると、何故ヘスが去ったのか、わかる気がします…」 

 

思わず太字にしてしまいましたが、なぜワンソがハッキリ「私は仮面の下に本音を隠す者をよく知っている」と言うかというと、自分自身がそうだからです。ワンソはヘスの化粧により物理的な仮面は不要になったけれど、見えぬ仮面をつけるようになった。ヨンファと深い仲になるために、ワンソは見えぬ仮面をつけたのです。契約の瞬間におけるワンソのポーカーフェイスはまさに仮面。だからワンソがヨンファとその息子を愛することはないし、息子の誕生日も祝わない。ワンソには自身の「家族」に対して少しも心を与えていません。与えたのは皇位だけ。「皇后もあの子もいつか俺を討つかもしれない」「だから今でもあの娘だけを想っているの?」というやりとりは、ワンソが妻子に対して心を遮断していることを前提にしたやりとりです。

ヨンファからするとこれはかなりキツいことで、好きな男との子供を欲したゆえに心を完全に閉ざされてしまったっていうね。彼女は「立場を得れば心は後からついてくる」って信じていた人ですから。

(ワンソが「ヘスとウクが昔付き合っていた」という過去を受け入れられなかった理由も、「人は見えない仮面を被る」と身をもって知っていたからっていうのは少なからずあるでしょうね。ワンソはピュアガイなので、自分の事情吹っ飛ばしてのショックでもあったでしょうけど。ヨンファとの同業者契約で、余計に人を信じられなくなっていたっていうのは確実にあったと思います。)

 

ヨンファはかつて「獣を人間にするのはどんなふうに面白いのか…それが気になることもあります」(5話)と言っていて、つまり彼女はワンソを変えることができると信じていました。で、ヘスも「私ならワンソを変えられる。血の君主にはしない」って思ってたんですよね。でも、それができずにヘスは退場する。ヨンファはヘスが去った理由を最後にやっと痛感します。人の心を他者が変えることなどできない。なぜなら、どんなに近づいても相手の心全てに触れることなどないのだから。仮面の下に本音を隠していることだってあるのだから。

 

ワンソ/光宗というキャラクターは「二面性」がキーワードのひとつで、その二面性はヘスによって一旦はかなり統合されましたが、皇位がその二面性をまた表面化させていきます。皇位と心は両立しない。ワンソはスタート時とは別の意味で、仮面の男になってしまいます。仮面を被らせたのは皇位であり、ヨンファであり、ヘスでした。血の君主でありなりながら聖君になる。

 

絵の話からだいぶ離れてしまいました。

いずれにせよ現代に戻ったヘス/ハジンはここで出てきた絵を見て、ワンソのことを思い出す。1000年の時を超えて。ワンソのヘスに対する想いは、それほどまでにこの絵に強く込められていたのでしょう。ここに描かれているのは、ヘスを愛するただのありのままのワンソ。

 

あぁもう、長くなりすぎたけど、あとこれも言わせて笑!

この絵を描かせているシーンが更に上手いなあと感じるのは、ここにジョンを登場させているということです。

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ジョンはここにヘスを奪いにやって来ます。ワンヨ直筆の「ヘスと結婚してよし」という教示を持って。最強のカードです。そして、彼は本当にヘスを手に入れる。ワンソは心を贈りたいヘスだけでなく「ヘスを愛するただの男」という立場も、最終的にはジョンに奪われてしまいます。この展開は本当に見事。

 

夢や大事なものを手放すために

ヨンファは大事な家族を捨ててまで欲しいものを手に入れますが、その後に待っていたのはより一層の孤独でした。人生をかけた選択だったのに、全然ハッピーになれない。唯一無二の立場の先に期待した、自分らしく生きることも、ワンソから愛されることも叶いません。あんなにも努力を重ね、大きな代償を払ったのに。ヨンファは欲しがるものを間違えました。

 

でね…この「欲しがるものを間違える」現象って、高麗だけのお話じゃないんですよね…。私なんて間違えた夢ばかり見てきた人生というか笑、ヨンファのこと考えれば考えるほど、ブーメランのことのように自分に返ってきましてね苦笑(←笑うしかない)。なぜ間違えた夢を見るかっていうと自分の根本的な問題を理解していないからなんでしょけれども(もう本当つらい)、ヨンファは自分のことをかなり分かってるんですよね。賢い子ですよ。でも、そういう人ですら「間違えた夢」の魔力に負けちゃうんですね。その夢に自分の幸せ全てを託してしまう。

 

だけど、そういう夢が必要な時もあるんだよなぁ。言い訳かもしれないけれど、お門違いな夢に支えられ、生かされている時だってあるじゃないですか。活力も出るし、なんか頑張れちゃうし(だから努力って時に罪深い)。それすら持てないときってもう、本当に心の危機じゃないのかな。間違った夢を追い求めた時間を否定する必要は必ずしもないと思うのです。問題なのは、そのせいで他人を巻き込み傷つけること。誰かの命さえも犠牲にしてもいいと思ってしまう程の身勝手さが生まれてしまうこと。そこまでして望みを叶えても、結局心は満たされないこと。*1

 

そもそも、何をもってして「正しい」「間違った」と言えるのかもわからないし。お門違いな夢に生かされることがあるとすれば、もはや完全に「間違っている」とも言えなくなってしまいます。間違った夢のおかげで本来目指すべき次の夢につながることだってあるし。成功しなかったから正しい夢じゃないっていうのも、なにか違う。逆に、たとえ真っ当な夢であっても犠牲は多く払われるし、本人も周囲の人も傷つくことは避けられない。なにより、それが正しくとも間違っていようとも、欲しいものを欲しいと思う気持ち自体は真実です。

 

そう考えてみると、夢を追うことも、何を望みとするかを見つめることも大事だけれども、いつそれに見切りをつけ、どう手放すかということがまた大変に重要な気がしてきました。私たちの人生には限りがあるから、皆何かしらの夢が叶わない。全ての夢を手に入れることはできない。前に進んでいくために、本当に手にしたいものを手にするために、最後にすべきことはそれ以外の夢や大事なものを手放すことかもしれません。*2

 

では、夢や大事なものを手放す決断の基準はなんでしょうか。

ウヒは「後百済の娘だから」「民の母だから」とペクアとの未来を手放しましたが、それはまさに悲劇でした。また、ヨンファは「皇太后になれば」とひとつの座に全てを託し家族を捨てたことで、帰る場所を完全に失います。つまり役割や立場を基準にしてしまうと、自己犠牲であろうと、自分勝手であろうと、仄暗い結果が待っているのです。ヨンファは欲しがるものを間違えていたと同時に、手放すものも間違えたんですね。

 

立場に縛られるのではなく、依存するのでもなく、「この私だから」手放す。あるいは手放さない。納得する形で想いを受け入れ、見送るために必要なものこそ、「ありのままの自分」なのかもしれません。それをよりはっきりと教えてくれているのが、ウクとヘスの最終的な決断なのだと思います。

 

と、ここまで書いてふとアナ雪の「Let it go」が「ありのまま」と訳されていることを思い出しハッとしてしまいました。そうか、この二つの意味は微妙に違うけれど、本当に背中合わせの事柄だったんだ。

ヨンファもエルサのように重くのしかかっていた抑圧を「Let it go」できていたら、「ありのまま」になれたのかな。うん、そうでしょうね。もしそうしていたならば、強い風が吹いたとしても、きっと少しも寒くなかったはずです。*3

  

続きます。

 

<ここまでお読みくださり、ありがとうございます!>

 

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*1:ワンヨがこのパターンど真ん中ですね。

*2:羽生選手はメダル獲得後のあるインタビューで「今回のオリンピックのために日常の幸せは捨てた」ということを言っていましたね。ただ、宇野選手は「何も捨ててない照。オリンピックは他の試合と同じ」と言っていたので笑、本当にこのあたりは人それぞれなんだと思います。正反対の答えですが、ふたりとも自分をしっかり持ってるあたりがやはりトップ選手だなぁ。

*3:ストーリーが違うので、ちょっと強引だし余計かな笑。でも思っちゃったから書いておきます笑。皇位がらみのお話でもあるし、結構共通点はありそうな気がするよ。今度見直してみよう。