お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『SKYキャッスル』 あなたならどうする?

☆やんわりネタバレしています☆

 

 

とても面白かったです! 

 

医師、大学教授などの選ばれし者とその家族だけが入居することができる超上流階級の住宅コミュニティー<SKYキャッスル>を舞台に巻き起こる、受験をめぐる壮絶な戦い。シリアスとブラックコメディーとミステリーを行き来しながらのジェットスタードラマでした。

 

そして、問うのは「受験ってそんなに大事ですか?」。しかも、その問い方も半端じゃない。「命よりも受験は大事ですか?」「誰かの人生を潰してでも受験は大事ですか?」っていう究極のところまで問うんです。

 

韓国は受験が熾烈、とよく聞きますよね。たまたま読んでいたこちらの本が、韓国の受験戦争がいかに大変なものかを教えてくれて、ドラマを見る上でも参考になったので、まずはご紹介。

 

『韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩』(金 敬哲):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部

 

韓国の社会問題が年代別に整理して説明されているので、韓国ドラマ&映画ファンにもおすすめの一冊。目次と内容紹介を読むだけでも壮絶です(中身はもっと壮絶)。

 

ドラマでも同様のことが描かれますが、この本によると、受験戦争に投げ入れられた子ども達は、小さな頃からの塾に通い(1日に複数の塾に行く)、分刻みのスケジュールで勉強をこなしています。放課後に遊んだりなんてしないし、夜中まで勉強しているのでゆっくり眠る時間もありません。心を病んでしまう子もいます。勉強漬けを強いられ、実学年よりかなり先の分まで先行して学習するので、小学5年生が中3とか高1の内容を勉強するなんてこともザラにあるそうです。

 

また、親は(特に母親は)学校や塾の送り迎えや勉強のサポート、そして受験情報を日々探し、子と同様に、時には子以上に、プレッシャーと戦いながら過ごしています。どこの塾に行くか。大学受験までどんな学習プランを組むか。学校の課外活動にはどのように参加してどうやって内心点をかせぐか。もはや「塾に行って勉強する」だけでは熾烈な競争に打ち勝つことはできません。しかし、親ができることにも限界がある(受験制度がすぐ変わったりして、情報を追うのも大変なんだそうです)。そこで、親は「子を受験で成功させた」母親とコネクションを持って受験に有利な情報を得ようとするし、お金に余裕がある親は更に、受験に関わる全てを相談でき、かつ学習指導も可能な「入試コンサルタント」に大金を払ってでも頼ろうとします(子を「いい大学」に入れた母親が「代理入試母」としてコンサルタント業に入ることも多いとのこと)。

 

 『SKYキャッスル』で描かれるセレブ達の受験にかけるお金、労力は相当なものですが、全てが誇張というよりは、現実に即した部分がかなり大きいようです(実際の出来事をモデルにしたエピソードも多いそうです)。

 

ただ、この物語で一番問題になってくるのが「入試コンサルタント」なんですよね。この人物が創作の肝であり、物語の問題提議のうえで大事になってくる。作中に出てくる入試コーディネーターのキム・ジュヨン先生(キム・ソヒョン)は、『女王の教室』の天海祐希みたいなルックですが、『女王~』の先生とは方向性が違います。真正の悪魔的な存在です。合格至上主義者であり、合格のためには手段を選びません。そんな人物に受験生の母親である主人公ハン・ソジン(ヨム・ジョンア)が出会い、物語が動き出すわけです。

 

<『SKYキャッスル』序盤のあらすじ(ざっくり版)>

 

数十億ウォンという超高額だけど、100%の合格率で、勉強、学校生活、メンタル…とにかく全てを指導してくれる伝説の入試コーディネーター、キム・ジュヨンと契約するチャンスが、受験を控えた高校生の娘を持つ裕福な主婦ハン・ソジンに巡ってくる。先生が受け持つ生徒は年に2人だけ。ただ、この先生から指導受けた生徒やその家族は、合格後に皆かなり不幸になっている。先生のことを教えてくれた同じSKYキャッスル住人のミンジュも、キム先生に息子の指導を受けさせていたが、息子がソウル大医学部に合格した直後に自殺してしまった。でも、ソジンは自分の子供を受験最難関のソウル大学医学部に絶対に絶対に入れなければならない。お金は夫の実家の援助でなんとかなりそう。っていうか、義母の「孫をソウル大医学部に入れろ」圧が半端ない。娘も「絶対にソウル大医学部に入りたい」と言っていて、今まで余暇の時間を全て捨てて死ぬほど勉強してきた。さぁどうする? 

 

物語は、SKYキャッスルに住む4つの家族が中心になってお話が進みます(1家族入れ替わるので5家族と言った方がいいですね)。基本的にほとんどのキャラが受験に対して熱心だったり、やりたくなくても取り組むしかないと思っていて、受験戦争の渦に巻き込まれています。親も子も。

登場人物が多く、サブストーリーがどんどん進むので、本当のあらすじはこんな単純ではないのですが、ひとまず未見の方用にまとめてみました。実際にはミンジュの息子がソウル大に合格し、ソジンが豪華な合格パーティーをしようとするところからはじまります。ソウル大学合格の秘訣を聞き出したいソジンの、いわば接待であり、他のライバルに対しては抜け駆けのようなパーティーです。この時はミンジュ一家も幸せそうに見えたのに…。

 

メインキャラクターは各家庭の母親4人になるかと思いますが、どのキャラも主役になる瞬間があります。子役を含めた全ての役者さんの演技が本当にすごい。うますぎる。

 

そんな中でも、主人公の中の主人公はやはり最も野心のあるハン・ソジンでしょう。物語はソジンで始まり、ソジンで終わります。この設定がまずとても面白いな、と思いました。

 

っていうのも、このソジンさんが、子の受験のためなら手段を選ばない、みたいなちょっと怖いお母さんなんですよね。子を愛する故ですが、悪魔との契約も辞さない感じ。自身が苦労して成り上がってここまできたので、絶対に子の受験も成功させなければと思っている。受験を控えた優等生の長女も母親にべったりで、成績に固執する一方で、性格が自己中心的なので全然友達がいないというね。なかなか共感しにくい親子です。で、ソジンの中学生の次女は母と姉に反発してるんですが(えらい)、この子は勉強のストレスで、コンビニ万引きを繰り返してるんですよね(魅力的なキャラなだけに衝撃)。行き過ぎた先行学習のせいで、頭が悪いわけではないのに塾の勉強についていけていないんです。しかも、万引きに気づいたソジンは、娘を叱りもせずに、店にはお金を渡して買収…。

 

一方で、「共感しやすい」家族も出てくる。特にミンジュ一家と入れ替わりでSKYキャッスルに引っ越してくる家族は、素朴な庶民派で、子の教育も本人に任せていて、かつその子は勉強がかなりできて、しかも性格もいい、という笑。父は倫理を大切にする人道派の医師で、母は絵本作家というのが、また絶妙。絵にかいたような、すごく好感が持てる設定ですよね。だから、この家族が主役になって、受験問題に切り込む物語っていうのも全然ありえたと思うんです。まぁ実際、彼らが、というかここのお母さんであるイ・スイム(イ・テラン)が問題に切り込んでいる部分もかなり大きいのですが。

 

でも、あくまで主人公は「絶対に娘をソウル大に合格させないといけない母親」であるソジンなんですよね。そこには、「視聴者に受験戦争を自分のこととして考えて欲しい」という意図があるのだなと感じます。

 

また、お話が進む中で細かく描かれるのは、「受験は子どもだけの問題じゃない」ということ。子の成功は親の成功であり、ステータスなんですね。子の将来を思って「勉強しろ」と言ってるだけではないんです(その意味でも、子じゃなくて親がメインキャラなのは納得)。特にSKYキャッスルには医師が多く、「子も医師に」「最難関であるソウル大医学部に」っていう圧が凄く強い。親子3代医師っていうのも大きなステータスになるようで。父親はもちろん、母親はキャリアを犠牲にして子育てに全てを注いでいるため、子の成功が親の自己実現に繋がってしまっているケースも多い。母親同士の関係でも子の成績でヒエラルキーができています。子供は親のために勉強している面が大きいし、親の教育が虐待になってしまっている家庭もある。

 

でも、そんな形で無理やり医学部に行って医者になっても、実は全然仕事に興味がなかったりする。ソジンの夫がまさにそういう人なんですよね。仕事に興味ないから、出世競争だけに参加して、患者を顧みない医師になってしまった。この夫はソウル大医学部出身なんですが、『賢い医者生活』の医師たちとは全然違うのが悲しすぎました笑。でも、こっちのほうが現実かも、と思わされたりもして。ステータス目的で医師になった人は、自分で自分の人生を選べずに数十年も生きているので、悲劇的な存在ともいえます(この夫が落ちるどん底加減が半端なかった…)。

 

それで、見ているとだんだん「もう競争したい人だけすれば」みたいな気持ちにならくもないんだけれども笑、この競争は「競争とは距離をとっている人」も巻き込こんでいくんです。例えばイ・スイムの家族は、この過剰な受験戦争とは距離をとっているつもりだけれども、高3の息子はSKYキャッスル勢の子ども達と同じ学校に普通に行くし、成績は一緒につけられてるわけで(しかも優秀)、否応なしに関わりが出来てしまう。向こうからしたらライバルですしね。もう一人、シングルマザーのお母さんが病気がちでお金がない中、成績がトップクラスのキム・ヘナっていう根っから優秀な生徒が出てくるんですが、彼女も異常な競争に巻き込まれて、色々あって遂には自分からその渦に飛び込んでしまう。そして大変なことになっていくわけです。ここでも「どんなに志が違っても、同じ社会で生きている以上、この熾烈な受験戦争は他人事ではないのだ」というメッセージを感じます。社会を変えない限り、誰もが巻き込まれる可能性があり、犠牲者が出続けてしまう。

 

あとは、「文字や文章の力」っていうのが作品の中で大事に描かれていて、印象に残りました。虐待レベルで親に勉強させられた青年が残した日記。日々うごめくSNS。ことの真相や謝罪を伝えるメール(スンへの娘や夫)。なによりイ・スイムは作家であり、SKYキャッスルで起きた悲劇を本にしようと奔走します。またスイムの夫も、病院で文章を使って告発していました。コンサルタントの先生の新聞記事なんかも重要でしたね。

 

私たちは文章で嘘を書くこともできるし、人を悲しませたり怒らせたりすることもでる。でも、文章には本当のことを伝える力がある。しかも、文字が書けるのならば誰でも使うことができる比較的平等性の高いツールです。子どもでも使えますね。誰もが人を動かす力を持っている、ということなのかもしれないですね。

 

更に言うと、この作品は、物語、ひいてはテレビドラマにも、人の心を動かす力があると信じている。少なくとも、その力がありますように、と願っているように感じました。自分で経験できることには限りがある。しかし世には多種多様な問題が山積みです。たとえ当事者でなくとも、誰かの言葉、物語を聞くことで、少しでも変わる心があれば、という祈りが込められていたと思います。それが簡単ではないということも、作り手は十分に理解した上で。

 

作家である イ・スイムと、SKYキャッスルの元住人で伝説の入試コーディネーターによって息子がソウル大医学部に合格を果たしたのち、息子は家出、妻ミンジュは自殺してしまったパク・スチャンの会話。

 

スチャン「世間が変化するとお考えですか?我々の痛みに共感し変わってくれると…」

スイム「教授…かけがえのない子どもたちが入試のせいで死んでいく。それでも世間は変らない。そんな悲痛な死を私はもう傍観できません」 

スチャン「それで、小説を書けば世間を変えられると…?」

スイム「誰かが立ち上がるべきです」

スチャン「無駄な期待はやめなさい。私も同じだった。友人の息子が自殺しても親のせいにして、死んだ息子を”心が弱い”と一蹴りした。自らが経験しなければ理解できないんです」

 

(『SKYキャッスル』Netflix版第18話より)

 

というわけで面白かった『SKYキャッスル』。登場人物が多いので、細かく言及できませんでしたが(スンへ一家もジニ一家もホントいいんだよな。ギリギリのところで良心を守った設定はテレビ的だけど救い)、一人ひとりの人物像に厚みがあって見ごたえがありました。かつての韓国ドラマならではの「髪のつかみ合い喧嘩」とか、出生の秘密、みたいな展開もありつつ、受験戦争や格差による不平等、ステータスを求めて成功をひたすらに望む風潮に疑問を呈していて、社会的なメッセージがかなり強いです。そのメッセージも、ドラマが面白いからこそ伝わってくるんですよね。難しい状況に主人公が襲われるたびに「あなたならどうする?」と問いかけられていたような気がします。主人公には全く共感できないにもかかわらず、その葛藤が伝わってくるのです。受験での成功は私たちとってそんなに大事なのか。家族が一緒にいることよりも。命よりも。韓国ドラマってすごいな、と改めて感じたパワフルな作品でした。

 

日本でも受験戦争はいまだに全然あるし、子の成績が親のステータスになるのも同じ。決して他人事なテーマではないんですよね。受験を巡り、親が子を殺めてしまったり、子が親を殺めてしまったりする事件もありますし、低年齢でのうつや自殺も増えています。

 

また、他国でも他人事ではなさそうです。Netflixのドキュメンタリー『バーシティ・ブルース作戦 裏口入学スキャンダル』を見ると(『SKYキャッスル』を見終わったらおススメで表示された作品です笑)、アメリカでもセレブの親が自分のステータスを確保するために、大金を使って子を有名大に裏口入学させてきたことがわかります。ここでも「コーディネーター」なる人物がいました。

 

今更ですが、SKYキャッスルの「SKY」は、韓国の最難関のソウル大学高麗大学延世大学の頭文字。そして現状では、大学入試が終わっても熾烈な競争が終わらないのは世界の流れであり、ドラマでも大人たちの競争が続いていたからこそ悲劇は起きました。まさに無限社会。私たちはこの社会を変えることができるのでしょうか。