また別の、レリゴー映画 (※ネタバレしています)
大好きだったものごとを手放すことは、本当に難しい。諦めるってなかなか簡単にはできないものだ。
例えば不本意に恋人から別れをきりだされたらどうだろう。「さあ新しい恋人をさがすぜ!」と意気揚々としている人はまれな人、というかちょっと事情があるのかな?な人であり、程度の差はあれ、ほとんどの人は気持ちを切り替えるまでに時間が必要だ。ひきずる。思い返してはウジウジする。
それでも、いつかは前に進むしかない。そしてそれができるかどうかは、言うまでもなく自分次第だ。
主人公は妻に三行半を突きつけられ、非常に鬱々とした毎日を送っている。ふとした隙に、離れていった妻との美しい思い出が寂しい独り身の生活に侵食してくる。辛い。
そんなときに出会った声だけの人工知能に、主人公はすっかり魅せられる。自分の性格が瞬時に分析され、まさに理想の人格があてがわれたのだ。声も素晴らしくいい。スカーレット•ジョハンソンのハスキーな声は、セクシーで知的でさいこう!涙がでそうな程の軽やかさ!
さてそんな人工知能サマンサに彼は(私たちも)どんどん夢中になるわけだが、ここで行われていることは一体なんなのだろう。
当たり前なんだけど、どんなことにも別れがあり終わりがある。そして愛着があればあるほど、それは辛く受け入れがたい。けれどもう、それは過ぎ去るしかないものであり、止めることはできない。
妻との離婚の手続きを進める一方で、サマンサもまた過ぎ去る存在であることを主人公は感じ始める。こんなに必然的に相思相愛であっても、彼には彼だけの領域があり、彼女もまた然り。これこそが主人公に必要な気づきなのだ。
物語の最後、主人公はやっと別れた妻に、感謝と、自己愛を乗り越えた愛情を伝えることができる。サマンサと時間を過ごしたことによって、やっと妻にたいするこだわりを手放すことができる。もう彼女が自分とは別の世界生きていることを受け入れ、ただどこかで幸せでやっってくれればいい、と願うのだ。やっと彼はまた前に進むことができそうだ。
私たちは人間関係のなかで、どれだけ相手を理解することができるのだろう。本当に心通じると信じた相手が、実は幻なのかもしれないという恐れは、人間であれ人工知能であれ他のなんであれ、どこかで同じなのかもしれない。そんな中でも自分と上手く向き合うことに、むしろこの映画は焦点を当てているようにも思えた。
どうせ完全には分かり合えないのだ。共に時間を過ごし、感情を少しでも分け合えたのなら、それだけで充分、奇跡的な幸福だと思う。
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