お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

韓国ドラマ『ミセン-未生-』が名作すぎる ②

☆激しくネタバレしています☆

続きです。

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『ミセン』に超盛り上がってる私だけど、韓国語もおぼつかないまま字幕で見ているわけで、ふと「自分、ほんとに内容を理解できているのだろうか…」と不安に襲われる。他の言語の字幕同様、文字数などの制約もあるし(絶対に絶対に字幕以上喋ってる)、文化的によくわかってないところもあるだろうし…。
これはもう、韓国語を勉強するしかないのか?でも、ちょっとやそっとの勉強じゃ無理よコレ。うーん。
まぁ例え日本語の作品だって、すべて理解できてるかっていうと違うだろうから、取り急ぎ割り切って進みます。

オ・サンシクという男
オ・サンシク(イ・ソンミン)という人物なしに、『ミセン』を語ることができましょうか!

 

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オ・サンシクはグレがインターン時代から採用後もずっと所属する営業3課の課長(後に次長となる。ここでは以後オ次長と呼びます)。主人公チャン・グレにとっては、社会に出てからおそらく初めての、そして最大のメンターです。キム代理が仕事のこまごまとしたケアをする役割であるとすると、オ次長は「働くこと」という根っこの考え方を徹底的にグレにたたき込む人物。『ミセン』は珠玉の名言に溢れてるんだけど、この人の名言率は半端ないよ。

粗野でやたら声のデカい強面ですが、仕事はバリバリ。誰にでも公平で、部下のためなら、上司に時に歯むかい、時に頭を下げる。不正が大嫌い。しかもお茶目なんだよ。いいことがあれば全力で喜び、腹が立ったり誰かが間違っていれば全力で怒る。毎日のように飲んだくれて帰るから奥さんには基本常に怒られてるんだけど、家族を愛し、子供達にはデレデレ。もう人間力が爆発しております。

グレはもちろん他の新入社員にも声をかけ見守るし、キム代理は過去にオ次長に助けられたこともあり絶対的な信頼を寄せている。

グレは、そんなオ・サンシクの部下になれたからこそ自分を出せ、社会人としてめきめきと成長できたのです。チャン・グレの最大の幸運は「オ・サンシクに出会えたこと」と言っていい。

『ミセン』におけるミラクル設定は「グレがコネで会社に入り込んだことだけ」って前回のエントリで書いたんだけど、本当はオ・サンシクさんのような上司もちょっとミラクル入っているというか。残念だけど、こんな上司はそうそういないですよね。しかも、あれだけ大きい会社ともなれば。

彼の存在感自体は圧倒的にリアル。けれども現実に立ち返ってみると、こんな人がいてくれたらっていう願いの塊というか、良心を信じたいっていう作り手の想いが込められたキャラクターだと思います。

しかし、『ミセン』に出てくる誰もが単純に描かれないように、彼にもまた暗い過去がありました。いい面だけの、後ろめたいことが全くない人間などいない。今のオ次長という魅力的な人が出来上がったのは、重い過去を背負っているからなんだよな…と考えると複雑でもあるのですが。

まだオ次長が代理だった時、グレのような契約社員であるイ・ウンジという女性部下がいました。で、彼女が有能なこともあり、オ次長は凄く気にかけていたんですね。ただ仕事を指示するのではなく、本人曰く「自己啓発本にあるような」励ましを続けていた。頑張れば必ず報われるぞ、と。
しかし、あるトラブルというか不祥事が起き、今は専務となっている、当時直属の上司が全ての責任をその契約社員のせいにし、クビにします。もちろん、オ次長は抗議はするものの、「責任」という言葉の重さに心が揺らぎ、口をつぐんでしまう。
その後、彼女はまた頑張って食堂を開くのですが、配達中の事故で亡くなってしまいます。

ウンジさんの死は、直接はオ次長のせいではありません。
しかし、もしあの時自分が逃げずに部下を守っていれば。勇気があれば。

もっと言えば、彼女を安易に励ましたりしなければ。頑張って仕事なんてさせなければ、彼女は幸せになっていたかもしれないのに。

オ次長には亡くなったイ・ウンジに対する自責の念が常にあります。彼女の件をよからぬ輩が時々その話を蒸し返したりするのですが、彼はもちろん言い訳なんてしない。


一方で専務は彼女の死に何の責任も感じておらず、出世街道まっしぐら。そもそも、トラブルは専務が不確かな会社と契約したことで起きたというのに。それまで共に仕事をしてきた2人の関係は完全に決裂します。

オ・サンシクはその事件と決裂のせいで、超仕事人間でありながら、昇進が遅れ、というか昇進する気があるのかも疑問で、家族のために、目の前にある案件のために、働く男でした。日陰の営業3課でキム代理とたった2人で、割に合わない案件ばかりやらされていた。

そんな彼の元にやってきたのが、チャン・グレです。
ここがニクい設定なんだけど、グレはオ次長と断絶状態にある、その専務のコネで入ってくるんですね。棋士研究生の時に知り合ったある社長と専務が繋がっていて、そのツテでインターンに入り込めたんです。よりによって専務のコネっていうのがね…。

だから、最初はオ次長はグレに冷たいんです。ただでさえ何もできないコネインターンな上、あの専務絡みって、もう歓迎する理由ないもんね。

でも、オ・サンシクは公平な男ですから、グレが頑張ればちゃんと認める。しかも結構すぐに認める。グレの並々ならぬ意気込みと秘めた能力を見抜き、ちゃんと評価するのです。何が足りないのかも、分かった上で。

専務のコネだとか、経歴が真っ白なことよりも、目の前にいる青年を自分の目で見極めるんですね。 

 

オ次長がグレ受け入れを実質宣言することになり、またグレにとってオ次長が会社員生活の師となる決定的な出来事が、かの有名な「うちのやつが怒られただろ!!」事件ですね(笑)。まだインターン中に起きたこのエピソードは、本当に素晴らしいので是非見て頂きたい。 (日本版でも、ここは結構上手くいっていたと思う)

 

グレは特に「うちの」っていう言葉にすごく感激するんですよね。あぁ自分はひとりじゃないんだ、受け入れてもらえたんだ、と力が湧く。好きな子に告白されたみたいに、「うちのやつ」「うちのやつ」とグレは何度も思い出しては、喜びを噛み締めます。

今までずっとひとりで戦ってきたこと。仕事とは「共同作業」で、自分はうまくそれができないこと。オ次長に何をやっても全く受け入れられそうにないこと。

そこにきて、自分のことを「うちの子」と言ってくれた。韓国語で「私たち」を「ウリ」っていうそうなのですが、ウリっていう言葉に自分が含まれているのは、グレにとって新しい感覚であり、働く原動力になる。(このあとも「ウリ」は、大事なキーワードとして度々出てきます)

 

こうしてグレはこの壮大なオ次長のツンデレに心を射抜かれ、どんなに怒鳴られても(基本的にいつも怒られてるw)、オ次長大好きっ子でい続けます。

 

プレゼン準備中にソンニュルと殴り合いになるのも、ソンニュルがオ次長を悪く言ったから。自分のことは何を言われても怒らなかった子が、オ次長のことだと黙っちゃいられない。

その後、グレはイ・ウンジにまつわる過去を事情通のハンニュルに教えてもらったり、色んな人の話を盗み聞きしてw知るんだけれど、それでもオ次長についていく。

 

インターン期が終わると、営業3課は、オ次長、キム代理、グレの3人で、一丸となって仕事にまい進していきます。途中から課長職の人が入ってきたりするけれど、この3人のチーム感は格別。グレはこの二人の上司に可愛がれて、育てられて、元気になっていくんですよね。(グレは社会に染まっていない上、賢い子なので、上司として育て甲斐のある子だと思うよ。)仕事がどんどん楽しくなってくる。今まで縁のなかった「共同作業」の喜びを知っていく。新たな夢を見始める。

 

ほんとに色んなことがあってね。全話完走した今では、そのどれもが大切に思えて泣ける。

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どうしてもしたくない接待を回避するため、あえて腐った牛乳を飲んで病気になろうとするチーム営業3課。このシーンめちゃくちゃバカで楽しい(笑)。


ここで設定がうまいのは、オ次長が3人もの子持ちだということです。しかもまだ子供で、長男も小学校高学年ぐらい。 父親のいないグレとの関係が安易な擬似親子に見えないように、工夫されています。子供にデレデレな描写を何度も入れて、根が愛情深いうえ、既に愛情を注ぐ対象がいるということを意識させる。グレを可愛がるのは、寂しいからじゃない。

グレと家族とはちゃんと線引きされているんですね。

 

グレの方といえば、亡くなった父親のことを思い出す描写がないのがまた絶妙で。ピンチの時に思い出すのは、囲碁の師匠の言葉。囲碁ばっかりやっていた中で父を亡くしているので、グレにはやっぱり父なるものが足りていないはずではあるんだけれども…。そもそも夢破れたきっかけは父の死だし。このさじ加減。

(父子の関係で言うと、グレの同期であるソンニュルは貧しくも工場勤めの父親や親戚を尊敬する、父性に恵まれた人物。 逆にアンさんは父親からヒドイ目に合わせられ続けていますからね。本当に重層的にできてるドラマだよ)

 

更に、グレに気のある社外の女の子を登場させながらも、グレ本人は「恋愛してる場合ではない」と全く乗り気ではない。同居する母親は大切にしているし、同期という仲間もいる。

キム代理もいるしね。

 

絶妙な設定の積み重ねで、グレとオ次長の関係が共依存的でないように繊細に調整されています。2人はものすごい相思相愛なんだけど(笑)、ベタベタしてない。

 

それほど、チャン・グレとオ・サンシクの関係性っていうのは、この物語において重要なのです。これは最終回の最後のシーンではっきりと明示されますが…。ただのサラリーマン奮闘記では終わらないために、きちっと物語が設計されています。

 

と、ずらずら書き続けていますが、とにもかくにも、オ次長は最高。本当はこの一言に尽きます(笑)。グレにも言えることですが、オ次長は人間として理想と憧れを抱かせると同時に、強烈に共感してしまう。主人公としてこれ以上最強な造詣があるかね。

 

演じるイ・ソンミンがとにっかく素晴らしくて、唯一無二です。褒めるのも恐れ多い。『ミセン』のキャスティングは全員が完璧なのですが、イ・ソンミンがいなければこのドラマはきっと成立しなかったでしょう。この人が魅力的に見えなければ、リアルに存在しなければ、物語自体が破綻してしまう。イ・ソンミンがいてくれて本当に本当にありがたや…。そして彼が実はお酒を飲めない方だと知って、驚愕しております。どんだけ上手いんだ。

 

オ次長のこと書いてたら、こんな長くなってしまったよ。まだ全然足りないほどだけど…。 

 

さて、今更ですが「ミセン」とはどういう意味なのでしょか。

 

契約社員として採用が決まった直後、オ次長はグレに「お前は即戦力じゃないから、歓迎できない」と言いつつもこんな言葉をグレにかけます。

 せっかくだから、とにかく踏ん張れ。

踏ん張ったものが勝つ。いつか完全に生きられるからだ。

知らないだろうが、こんな囲碁用語がある。

”未生〈ミセン〉” と”完生〈ワンセン〉。

俺たちはまだ弱い石〈ミセン〉だ。

 

ミセンとは囲碁用語で「生き石にも死に石にもまだなってない石」のこと。弱いけれども、まだ終わってはいない、自分次第で希望になる言葉です。

囲碁をしていたグレは、オ次長にこんなこと言われて、余計に運命を感じたと思います。

 

 『ミセン』エントリはもう少し続きます(笑)。

 

ミセン -未生- DVD-BOX1

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