お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』 最終話(第20話)を見たよ① 夢と忘却とタイムリープと

☆とてもネタバレしています!!☆

☆まずはネタバレなしで見た方が圧倒的に面白いです☆

 

ついに最終話…!

 

ドラマ『麗〜』は、コ・ハジンという女性が現代から異世界である高麗に行き、そして帰ってくるお話。最終回で、ハジンは「元ある場所」に戻ります。夢の世界から戻ったハジン。彼女に残ったものは一体何だったのでしょうか。 

さぁ、涙を拭いて。悲しい余韻が止まらない最終回ですが、どんどん核心に迫っていくよ!

 

…と意気込みつつも、色々と謎もありますのでね…「素直に見ていくとこういう感じかな」と、今回もビビりながらやっております笑。相変わらず好き勝手な語りですが、お付き合い頂けましたら幸いです。

そして、最終話は1エントリーで終えると豪語しておりましたが、泣きの2エントリーでいかせて頂きたいと思います…こちらも相変わらずの有限不実行…^_^;

 

目次

 

最終話(20話)のあらすじ

宮を去り、「婚姻」という形でジョンの元に身を寄せたヘス。彼女はワンソの子を妊娠していた。ただでさえ出産は命の危険が伴うのに、余命宣告をされているヘスにとっては致命的。それでも、ヘスは子を守りたい。そしてワンソに会いたい。一方のワンソは、ヘスとジョンが仲良く過ごす様子に嫉妬し、ヘスを完全に拒絶。もちろんジョンも拒絶。娘を産んだヘスは何通もワンソへ手紙を書くが、ワンソが会いにくることはない。悲しむヘス。献身的にヘスに尽くすジョン。そうこうしていくうちにもヘスの病状は悪化し続け、ヘスはワンソと会えないまま亡くなってしまう。最期の言葉は「全て忘れる。夢の中でさえもみんなを」。ヘスの死を知ったワンソは、放置していた手紙を読み、悲しみに暮れた。

数年後、ウォンは死刑に、ペクアは旅を続け、ウクは肺を病む(のちに亡くなる)。ヨナは孤独なまま。言うまでもなくワンソも孤独。ジョンはヘスの娘を自分の娘として大事に育てており、再会したワンソはジョンの帰郷刑をとく。ジモンは「私の皇帝はあの方だけ。ヘスはこの世界の人間じゃないかも」とワンソに告げて宮を去り、その直後に皆既日食が起こる。

現代。ヘ・スはコ・ハジンに戻っていて、高麗での人生を忘れた模様。でも、毎晩夢に仮面の男が登場し謎の涙が止まらない。仕事中に遭遇したジモンそっくりな男から「偶然はない。元ある場所に戻る」と言われたハジンは高麗時代の記憶を刺激されたのち、「偶然」展示されていたワンソの肖像画や皇子達との思い出が描かれた絵によってヘスとして生きた記憶を完全に取り戻す。夢じゃなかった。ワンソが聖君であると同時に血の君主として孤独に生きたこと知ったハジンは、「ひとりにしてごめんね」と泣くのだった。

再び高麗。宮にひとり残されたワンソは、「同じ世界にいないのならお前を探しに行こう、スや」と強く心で誓う。ヘスとワンソの幸せな時間は確かにあった。

 

 

 ヘスの手紙① 「愛する」の反対は「捨てる」

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ヘスの手紙「(人生は夢のようです。正と否、愛と憎しみも、結局歳月に埋もれ跡形もなく消えます。まだ愛の為に怒り恨んでいますか。愛するの反対は憎むではありませんでした。捨てるでした。愛ではなく憎悪を残し、あなたを苦しめたかいつも心配です。今も愛しています。雨の中でそばに立った時、私のために身を投げ出した時、あなたを生涯忘れられなくなりました。恋しくてまた会いたいですが、近づけません。曲がり角の垣根で再会を、毎日あなたを待っています)」(最終話) 

 

ワンソに宛てた手紙でヘスは「愛するの反対は捨てるだ」と言っていて、つまりそれはヘスとワンソがしたことでした。ヘスはワンソを、ワンソはヘスを捨ててしまった。捨て合った心のうちはとても複雑だけれども、その理由をあえて一言で言うならば、相手への愛を守りたかったからだと思います。

 

ヘス「私たちが離れている時はいつも恋しかったです。考えるだけで胸が張り裂けそうでした。だけど今は毎日会いますが、怖いです。時には憎いこともあります。いつかは憎悪だけが残るとわかるのに…それは嫌なのです。いっそ今去ります」(19話)

 

ワンソ「いっそのこと嘘だと言ってくれ!全て誤解だと!ウクの嫌がらせだと!それで俺たちはもとに戻る(中略)朕にさわるな!今後朕は、二度とお前に会わぬ!」(19話)

 

ワンソの冷酷すぎる面に深く傷ついたヘス。ヘスの過去に激しく傷ついたワンソ。

2人は愛する人の望まない現実を受け入れることができず、憎しみの感情を互いに持ってしまいます。「愛する」と「憎む」は反対ではなく、隣り合わせの感情でした。

だから、捨て合うんですね。愛する人を憎むのはあまりに苦しく、相手から離れなければ自分の心を守れない。悲しいけれど、そういうことは時にある気がします。

 

けれども、捨て合ってヘスとワンソの関係は終わりか、というとまた違う。2人はそれぞれの形で恋愛関係を続けようとします。憎みたくないから、捨てたに過ぎないのです。

 

特にヘスはこのあたりが顕著に描かれていて、自らワンソから離れることを望んだのに、ワンソの幻に「(ついに私たち二人きりですね。これで思い切り愛せます)」なんて語り掛けたりしている。で、そのワンソはとても穏やかな様子なわけです。ヘスは心のなかで「自分が望むワンソ」と会い続けます。

 

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ワンソの幻を愛するヘス。「(ついに私たち二人きりですね。私とあなた。あなたと私だけです。何も心配せず思い切りあなたを愛せます)」

 

手紙にある「恋しいけれど、近づけない」、「曲がり角の垣根で再会を、毎日あなたを待っている(←「宮のルールが及ばない場所でもう一度会いたい」という意味でいいのかな?)」というのも、命がけで自分を守ってくれたワンソを愛しているのに「血の君主」は愛せない彼女の葛藤ですよね。インター版には更に、手紙に「愛する人の冷たさに疲れました」という一文がハッキリ入っていたり。ヘスはワンソの二面性に引き裂かれてしまいます。

 

この「ヘスが現実のありのままのワンソを愛することができない」という描写は、他者と関わることの限界を描いていて、悲しいだけでなく、ちょっと怖いと言っていいのかもしれないです。幻を愛してるあたりなんて、大好きだからこそ直接関わらないほうがよっぽど心ゆくまで相手を愛せるんだ、っていう見方もできるわけで…。相手が幻ならば、大切な人は変らないままだし、傷つけ合うことも、誰に奪われることもない。失わずに済む。ワンソが最後娘にとった行動も、「愛してるから関わらない」ではありますが、彼の場合は娘を守るために距離を取った意味合いが強いので少し違いますね。ヘスは自分のために、ワンソから離れている。

 

筆跡をなぞるがごとくワンソとの一体化を望んだヘスですが、完全にはひとつになれませんでした。どんなに愛していても、他者は他者のまま。ヨナがワンソに「ヘスが去った理由が分かった気がする」と言うのも(最終話)、「ワンソの心には決して立ち入れない。完全にわかり合うことなどない」と思い知ったからでしょう(ヨナなら尚更)。ワンソは仮面の男。仮面の下に、他者には受け入れがたい不穏で仄暗いものを隠しています。そして、誰もがそんな仮面を持っている。もちろん現代を生きる私たちも。完璧に誰かを愛するなど、初めから不可能なことなのかもしれません。

 

一方で、完全にはひとつになれないのに、完璧には愛せないのに、その相手を失うと自分自身を失ったように激しく痛んでしまう心の不思議さについても考えさせられます。それほどまでに愛してしまう、というね。もしかしたら、心の奥底ではすでに「完全には誰ともひとつになれない」ことを受け入れていて、だからこそ(たとえそれが一方的であっても)心が重なると嬉しくなって、つい深く愛してしまうのかな。それはつまるところ自己愛なのかもしれませんが、自己愛がなければ何も始まらない。

 

ワンソを憎みたくないから離れることを選んだヘスのある種のエゴは、物語最後の「一人にしてごめんね」につながっていきます。別れまでちゃんとエゴをぶつけ合ったヘスとワンソの関係は、まさに「恋人」なのだと思います。

 

ヘスの手紙② 人生は夢のよう

ヘスの手紙でもう一点考えたいのは、最初に「人生は夢のよう」と書いているということ。ここで「夢」という概念をはっきり持ち出してくるんですね。

「正しい・間違っている」「愛してる・憎んでる」。そんな確かに思えることでさえ、時と共にいつかは消えてしまう。ただでさえ、相反するものはいつも横並びに存在するのに、歳月がさらに物事を曖昧にさせていくのです。とどまるものは何もありません。この不確かさは、まさに夢のよう。夢と現実という二項対立は、もはや成立しませんね。人生という現実は夢である。あるいは、夢もまた現実。 

 

ヘ・スの魂はもともとコ・ハジンであり、彼女にとって高麗は異世界という夢です。この物語は史劇&ラブストーリーでありながら、『千と千尋の神隠し』でもあるんですよね。『不思議の国のアリス』でもいいかな。傷ついていたハジンは、夢の世界で生き直したけれど、喜びも悲しみも、現実と同じようにリアルでした。

 

「人生は夢のようだ」と悟ったヘスは、幻のワンソを愛しながら、現実のワンソに「愛している」と何度も手紙を書きます。ヘスは夢と現実を行き来する。そのどちらにも、ヘスの心の真実が反映されています。そして、両方あるからなんとかバランスがとれている。夢と現実は円環しながら、心と世界の均衡をなんとか保っています。

 

で、この「円環」というコンセプトが、この作品を楽しむ上ですごく大事になってくるんじゃないかと思うのです。私たちは「起きている(現実)ー眠っている(夢)ー起きている(現実)」っていう円環を繰り返しているわけですが、起きている間(あるいは眠っている間)にも例えばヘスのような心の円環や物事の円環(二項対立の入れ替わり)がそこかしこに起きていて、更には「人生の円環」がある。生死が境目にある円環です。本来ならば生死は円環の途切れ目にもなりえますが(閉じてしまう?)、ヘス/ハジンにとっては「現代・ハジンの人生(現実)-高麗・ヘスの人生(夢)ー現代・ハジンの人生(現実)」という円環の途中にすぎません。それは結局彼女の「起きている(現実)ー眠っている(夢)ー起きている(現実)」につながっているわけですから、もう円環につぐ円環。大きな円環が小さな円環にかえって来ます。

 

まぁちょっとねぇ、書いてる自分でも何がなんだか分からない感は否めませんが笑、このカオスであり筋が通った状況の象徴が「月」なのでしょうね。月はどこまでも満ち欠けという円環を繰り返し、世界の道理になっている。この道理には時代も場所も関係がありません。皆既日食タイムリープという円環を引き起こしているっていうのも、なんだか納得。『月の恋人』とは、よく言ったもんだなぁという感じです。月を象徴とした円環のお話であり、恋人のお話。

(ちなみに、コメント欄で教えてくださった方がいたのですが、ワンソが贈りヘスがなぞっている詩「行到水窮処 坐看雲起時」は水が地上と空を循環している様子を描いているとのことです!円環!)

 

更に言うと、ヘスにとっての夢と現実の場がひっくり返っているのがジモンです。彼にとっては「高麗(現実)-現代(夢)ー高麗(現実)」なんですよね。どっちが夢でどっち現実かっていうことさえ、本当に不確かなものなのです。もう『マトリックス』みたいね。あぁ、人生は夢のよう。

 

ジモンについては後述しますが、重要なのは全ては「円環」であり「相対するものは入れ替え可能」だということ。そして、「どちらにも通ずる真実がある」ということ。

ヘスは高麗に到着直後こそ「私は現代から来たハジンだ」と訴えていたものの、最終的には問題にすらしなくなってしまいますが、それは作品のこういったテーマを考えれば自然な流れだな、と思います。「どちらが本当の私か」などと決める必要はないのです。

 

 

 ヘスは最期に「全て忘れる」

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ヘス「ずっと前に『お前の命を私の命だと思おう』って約束してくれましたよね。覚えてますか?あの娘を守ってください。皇宮には行かせてはなりません」

ジョン「なぜそんなことを?」

ヘス「あの方はもう来ないのです」

ジョン「…スや、来世で私のことを覚えてくれるよな」

ヘス「忘れます…。全て忘れます…。夢の中でさえも…みんなを…

 

ヘスが亡くなるこのシーン。第4話で二人が交わした約束がここで悲しくも持ち出されるのだな…としみじみしつつも、やっぱり気になるのはヘスの最期の言葉です。「全てみんな忘れる」という。ジョンはちょっと寂しかったと思うよ…。

でも忘れるのはジョンだけではなく、「全て」であり「みんな」ですからね。一切合切忘れる、とヘスは宣言して死んでしまう。その中には、「生涯忘れられない人になった」と書いたはずのワンソも含まれています。スや…本当に…忘れていいのかい…?

ヘスは何故「全て忘れる」と言ったのでしょうか。

 

振り返ってみると、そもそも、ヘスの体に入ったハジンは「全てを忘れたい」と願っていた女性でした。

 

第一話の冒頭。

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 物語の始まりは最も大事なシーンのひとつ。

 

ハジン「おじさん。百年か千年、眠りにつきたいって思ったことはある?全てがこじれて、よくなる兆しは見えなくて。そのうちよくなると思ったのに、また別の問題が起こる。どうせなら、永遠に目が覚めなければいい。全て忘れたいけど、だめなんです。彼氏にも友達にも裏切られた。人を信じるべきじゃなかった。私が変わらなければ、私が好きな人たちは変わらないと思ってたけど、それは違ってた。どうしてこんな生き方しかできなかったのかな…(泣)」

男「人生は簡単には変わらない 。一度死ねば別の話だが」(1話)

 

人生ズタボロだったハジンは、全てを忘れたかった。永遠に目覚めたくない。でも、だめなんですね。ハジンは溺れた子供を助けた末に池に沈んでいくなか、自分を裏切った彼氏や友達を思い出します。辛い出来事だけれども、そこに大きな意味があり、執着があるからこそ、死の淵にいても思い出してしまう。

 

さらに、そのあとにも大事なところで「忘れたい」という言葉が出てきます。

11話の最後。

 

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ヘス「(私のせいで誰かが死ぬと知っていたら、生きようとはしませんでした。全て夢ならいいのに。目が覚めたら…全て忘れていたい)」(11話)

 

千年の眠りにつきたいと願ったハジンは、夢の世界である高麗で必死に生きた結果、今度は目を覚ますことを願います。母のように慕っていたオ尚宮が、ヘスを守るために処刑されてしまった。この悲劇が夢で、目を覚ますと全て忘れられていたらどんなにいいだろう。

 

かつてヘスは「忘れられなければ心は辛いまま」とウクを慰めましたが(3話)、現実でも夢でもそれは同じこと。過去に何が起き、何を感じたか、という記憶が、時に人を苦しめる。辛さから逃れるために、忘れることを望むのは自然なことです。

 

ただ、ヘスが最期に言う「全て忘れます」は辛いことからの単純な逃避とも思えないのですよね。

 

そこで思い出したいのが、ヘスが出宮する際のウクの言葉。

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ウク「…去ると決めたのなら、きれいに断ち切って、過去は全て忘れて今後のことだけ考えよ。……スや、お前には私の心がわかるだろう。もう行け。今生は終わった…」(19話)

 

と、ここで突然ですが謝罪です…。

前回のエントリーで「『今生は終わった』ではなく『この半生は終わった』と言ってる気がする?かも?」と書いたのですが、これは完全に間違いでした汗。申し訳ございません大汗。またも、お詫び申し上げるとは…とほほ…。

韓国語字幕を確認したところ「이번 생은 끝났다(今回の生は終わった)」となっていて、日本語字幕の「今生は終わった」で間違いございません。っていうか字幕が間違えるわけないのにねぇ、あぁ恥ずかしい…本当に迂闊なことばかり言っている自分が嫌になります爆。

先日、たまたまとある日韓カップyoutubeを見ていたら、「今回の人生は終わった」と音声なし日本語字幕のみ突如出てきたので笑、韓国語世界では案外使う表現なのでしょうか。うーん。わからん苦。

 

ウクは、ヘスの未来のために「全て忘れろ」と言いました。宮での人生はもう終わったのだから、次に進まなくてはならない。ウク自身もまた宮での人生を終えた人でした。「全て忘れる」は次に進むために必要なことです。「忘れられなければ心は辛いまま」だけなのではなく、未練となって先に進めない。

 

ここでのウクの台詞が示唆するのは、死と再生です。

再生するためには(言い方は変ですが)死ななくてはならず、そして死ぬためには全てを手放すことが必要だ、と。そこには記憶が含まれていて、本当に何も持っていけない。何かを持っていたら、ちゃんと死ぬことも、また生きることもできない。「今生は終わった」という言葉は究極の別れの挨拶です。

ウクが11話以降に激しく苦しんだのも、この「今生は終わった」が言えなかったからでした。ウクは「ヘスと楽しく過ごす人生」も「皇帝を目指す人生」も上手く終わらせることができなかった。最後の最後にやっとウクは未練を断ち切ります。死と再生は比喩的な意味においても起こすことができる。意志さえあれば、何度でも生まれ変わることはできるのです。

 

死と再生。

そして、死と再生の繰り返しは「円環」をイメージさせます。

この円環には「忘れる」ことが必要で…。

そういえば「全て忘れたい」と「死んでしまいたい」は時に近いニュアンスがあるような…。

どんどん深まってまいりました笑。

 

なによりこのテーマ、先ほどご紹介した第1話の冒頭シーンの時点でしっかり仄めかされているんですよね。

ハジン「どうしてこんな生き方しかできなかったのかな…(泣)」

男「人生は簡単には変わらない 、一度死ねば別の話だが」(1話)

 

この太字にした部分はKNTVさんでのインター版放送時字幕を引用させて頂いておりますが、厳密にはこんなかんじです。

죽었다가 다시 살면 물라.(死んで また 生きれば わからん)

 

「死んでまた生きる」→「死んで生き返る」。だから「一度死ねば、別の話だが」っていう訳がついていたんですね。KNTV韓国版はズバリ「死んで生き返らない限り」という訳になっています。

 

ジモンの言葉のあとに起こるのはヘスのタイムリープ。「死んで生き返る」というスタイルで起こるタイムリープによって、人生は全く変わります。境遇も、世界の常識も、何もかもが変わる。

しかし、ジモンの言葉は人生の摂理そのものでもありました。「この人生は終わった」ということを受け入れ、生まれ変われば、別の人生になる。心もまた、生と死の間を円環する。

 

話があちこち蛇行しております。

「忘れる」の話。

死の淵に立ったヘスはでかつて自分がウンに贈った歌を聞き、皇子たちを思い出します。あの時、笑顔を向けてくれた皇子達は、もうどこにもいない。全てが変わってしまいました。なにより、もうワンソは来ない。「いい日もあれば悪い日もある」のが人生だけど、もう次の「いい日」はやって来そうもありません。ヘスは死を受け入れます。だから「全て忘れる」。「夢の中でさえも」。次に見る夢はもう別の人生なのです。というか、次に見る夢があるかさえ、この時点ではわからないのですよね。ヘスはジョンに「来世でも覚えている」と約束することはできません。この人生は本当に終わりです。

 

それは、第1話でハジンが「全て忘れたい」と泣いていた時とは、まるで違う心境です。あの時彼女は生きる理不尽に叩きのめされ、運命にされるがままでした。未練もたらたらだった。けれども、今度は悲しみと死を受け入れるという選択をすることで、全てを手放す決意をすることで、最後の瞬間まで自らの意志を手放しません。

 

そうしてヘスは死んでしまいますが、溺れて意識不明だったハジンは生き返ります。

 

水の事故から1年。ハジンは「全てみんな」忘れてしまっている…ようですが、眠りにつくと仮面の男の夢ばかり見ていて、でも何がなんだかわからない。「夢のなかでさえも」思い出せません。目覚めたあとには涙が出てしまうのに。

しかし、ジモン(と言ってしまいますよ)の誘導によって、ハジンはヘスとして生きた記憶を取り戻します。「夢じゃなかった」。

 

死は全てを手放させ、全てを忘れさせるはずなのに、ハジンはヘスの記憶をはっきりと取り戻すことができます。これ何故かなって考えるに、ヘスは死んでしまったけれど、ヘスの中の人はハジンで、ハジンは死んでいないから。ハジンの心は千年の時を移動しながら生き続けているんですよね。だから、ハジンは記憶をとどめる。ヘスの人生もまた現実でした。ハジンの謎の涙はヘスの記憶が残っている証拠です。

 

すると今度は、何故ハジンはヘスの記憶を中途半端に忘れちゃってたの?ってことになってくる。

ややこしいですね笑。

 

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ハジンはワンソへの申し訳なさで涙が止まらなくなる。

 

ワンソが聖君でありながら血の君主になったことを知ったハジンは、涙ながらに何度も「一人にしてごめんね」と言います。そこにはワンソの肖像画。皇帝としてではなく、ヘスを愛するただの男としてのワンソが描かれていました。まさにヘスが愛した男性です。ワンソは千年の時を超えて、自分が皇帝としてではなく、ただの男としてヘスを愛していたことを伝えます。

しかし、ヘスはどうでしょう。ヘスは男性としてワンソを愛する以上に、皇帝としてのワンソを恐れて、彼の元を去りました。

 

ヘスとして生きて、あれほどまでにワンソを愛したのに、彼女はワンソを孤独にしてしまった。「ずっとそばにいる」とワンソに寄り添い、「血の君主にさせない」と意気込んだのにもかかわらず、自分の心を守ることを優先させたのです。聡いヘス/ハジンにはそのことが分かっていた。つまり、彼女は罪悪感を持ちながら、ワンソから逃げてしまったのですよね。ワンソを諦めてしまった。その罪悪感が、ヘスの記憶を無意識の奥深くに閉じ込めたのではないかな。ヘスが最期に忘れると言ったのは単純な逃げではないけれど、後ろめたさからくる微かな逃避はあったような気もします。

ワンソの二面性に引き裂かれたヘスが、自らの二面性に打ち勝つことができずワンソを完全に一人にしてしまったとは、なんと皮肉なことでしょうね。けれども、ワンソもまた弱さから自ら一人でいることを選んでいます。ワンソとヘスの関係は対等だし、彼らを非難できるほど完全に正しく生きる人は、たぶんいないのではないかと思います。

 

…と、「ヘスが全てを忘れようとしたのは、死の受容であり、罪悪感からくる逃避もちょっとあるも…」と語ってみたかったのですが、なんだかとんでもなくごちゃごちゃした話になってしまいました笑。

 

特に、最後にちょっとだけ触れた無意識については素人が語るのは危険というか、もう本当によくわからない事柄なのですけれども汗。それでも、自分に置き換えて考えてみるだけでも、身に起きた出来事の全てを意識できるわけではないけれど、でもふとした時に思い出すことがあったり、忘れてるようで常に自分を圧しているような出来事が実はあったり、「全てを忘れる」っていうことは生きている限りできない気がすると思うんですよね。覚えてるし、忘れてる。心のなかに記憶の書庫のようなものがあって、全ての出来事が保存されていているけれど、おさめられた記憶全てにアクセスできるわけではない、というような。全部を意識してしまったら生きていけないから(私なんて恥ずかしいことだらけで本当に生きていけない)、記憶をコントロールしてくれているのが無意識なのでしょう。

 

また、無意識が大きく影響しているのが夢だから、「現実ー夢」と「意識ー無意識」っていう円環同士も重なるものがありますよね。現実/ハジンの世界=意識、高麗(夢)/ヘスの世界=無意識、と考えるとすると、無意識の世界を「全て忘れる」と言って帰ってきたハジンは、そりゃ高麗のこと覚えていないよなぁって思ったり。無意識を追いやり、意識だけを生きるんですね。だけど、無意識を失ったわけではない。人間には意識と無意識のどちらともが必要で、意識と無意識もまた円環しているのだから。

 

っていうかそもそも、寝ている間に見た夢ってほとんど内容覚えてないんですよね…。忘れちゃってるのが普通。それこそ、意識と無意識の作用なのかな。夢の中では結構必死に生きているのにね。だから、ハジンがヘスの記憶を「夢」と思っている時には何が何だか思い出せないっていうのは、むしろ当然なのかも。

 

思考とイメージがどこまでも広がりながら、どこか断定的なことが言えないまですが、それでも、ヘスが「全て忘れる」と言うのも、ハジンが忘れているようで気を記憶を失っていないっていうのも、なんとなくわかる気がしますね。もうこのあたりはなんとなくの理解でいいのではないかなぁと思います。雰囲気w。自分に甘いですかね。ふふふ。

 

ジモンは自らタイムリープを選ぶ

さて。そろそろジモンについてのお話をしましょう。謎の人物。作中でタイムリープを経験しているのはヘスとジモンだけで、ジモンはそのルールに気づいているようですが、多くは語られないままに終わるのですよね。単刀直入にどんどんいってみます。

 

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ワンソが皇帝になり宮にひとり残ったことを見届けると、ジモンは去っていった。

 

9話でジモンは、「4、5歳の時に溺れ死んで生き返った」といい、現代にタイムリープしたことを仄めかします。未来を見たと。

で、素直に見れば、1話に出てくるホームレスの中の人は溺れて高麗からやってきたジモンなのですよね。何歳の体に入ったのかはわかりませんが、口調が完全に大人であること、お酒を欲しがりゴクゴク飲んだことから、既に長きにわたり現代に滞在していたと言っていい気がします(まぁ物理的には、お酒は成人前でも飲めるかもしれないですけれども…)。そして、ハジンは皆既日食のタイミングで溺れてタイムリープ。ジモンは皆既日食で空が暗くなるのを確認しながらも寝ていたので、そのあとも生きて、なにかのきっかけで死を迎え、高麗に戻ったのかな…。高麗に戻ったあと母親から「老人のような子」と言われたとのことでしたし、それなりに生きたのではないでしょうか。ヘスが現代に戻った条件は「死」で、皆既日食は往路というか、行くときには必要だけれども、帰る時には必要じゃなさそう。そもそも皆既日食ってそんなに頻繁には起こらないんですよね。ジモンの話を聞いたヘスは「幼い頃だから(現代のことをあんまり)覚えてないの?」と思いますが、幼い頃にタイムリープしたからだけでなく、老人になるまで長く生きたから余計に覚えていないのかも、とか思ったりもします。

 

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ジモンと思われる人物。ホームレスとなっているのにも理由がある(気がする)。

 

ただ、高麗に戻ったジモンは現代のことを覚えてはいるんですよね。詳細は覚えていないかもしれないけれど、完全に忘れているわけじゃない。飛行機とかビルとか、色々ね。タイムリープには「前の世界の記憶は失わない」というルールがある。ヘスもタイムリープを経ても結局記憶を失っていなかったですし(帰還後、一時的に忘れてはいたけど)、一応これは共通したルールといっていいんじゃないでしょうか。

 

実際、ジモンは現代で得た知識を使って高麗での地位を得てますし、ハジンも、ヘスとして生き直すにあたって美容部員で培った知識をフル活用して生き延びています。作品を見ながら「ヘス聡いな!」と何度も感心しましたが、彼女が聡いのもまた現代での経験を踏まえて行動しているから。

心が継続している限り、記憶は引き継がれているようです。

 

でまた、ジモンが最初のタイムリープでホームレスになってしまっているのも、「記憶引継ぎ」ルールのせいだと思うのですよね。彼は4、5歳でまだ生きる力や知識が何もない状態で現代に来てしまったから、異世界で適応する術が何もなかったんじゃないですかね。2回目に現代に来た最終回では、最初のタイムリープ時に得た現代の予備知識と高麗での人生経験を生かしてサバイバルを成功させ、身なりも小ぎれいになっています。洗練されている。

 

はい、もう言ってしましたが、ジモンは最終回で再びタイムリープを選びます。あの宮を去る時の足取りからして、そしてその直後に皆既日食が起きてるあたりからして、まず自らの意志で選んだと言っていいと思う。

 

旅立つ際、ジモンはワンソにこう話しています。

 

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ワンソ「どうしても行くのか」 

ジモン「はい、あの方を多く思い出すのです」 

ワンソ「約束が違う。お前は皇帝の人だったはずだ」 

ジモン「はい。ですが私にとって皇帝はおひとり。私にとって兄弟であり、友であり、君主でした。…ヘスお嬢様はもしかしたらこの世界の方ではないかもしれません。そう思えることが多いのです。ですからお忘れください。届かぬ人を恋しく思っていると私のようになります」 

 

ジモンが言う宮を去る理由は「ワンムを思い出すから」。しかし「ここにいる限り、ワンムを思い出してしまって悲しみから逃れられない」というのとはちょっと違うと思うのですよね。ジモンはタイムリープに「記憶引継ぎルール」があることを知っている。もし「忘れたい」と思っているならば、宮を出たとしても、タイムリープまでする必要はない気がするのです。生きている限りどこにいても完全には忘れられないのだから。

ジモンはむしろ積極的に「ワンムを思い出」したいのではないでしょうか。つまり、タイムリープを自ら選ぶのは、ワンムのことをずっと忘れないため。どんなに心を保ちたくても、肉体はいつか滅びますが、宿る肉体があれば心は生きるづける。記憶をより長くとどめ続けるにはこの方法しかありません。ジモンはその手段として2回目のタイムリープを選びます。タイムリープは記憶を保ったままの転生です。

(追記:ちょっとここらへんは間違ったかな笑?これを書いたあとにも色々考えてるんですが、「ここにいると、ワンムを思い出して悲しいから去る」という意味でも全然通りますね汗。同じ理由で大将軍が去っていて、かといって彼が娘を忘れたいと思っているわけではないですし。「辛いから思い出したくない」と「忘れたい」はイコールではない。ヘスの「ここを去らぬ限り苦しみから逃れられない」という言葉にも重なります。ただ、ジモンには、記憶をとどめる時間を延ばす目的がやっぱりあって、あえてタイムリープを選んでいるんじゃないかな、とは今でも思っています。2019/1/9)

 

ここは「ジモンは別の世界でワンムと会おうとしている」という見方もできるかとは思いますけれど、「全ての人がタイムリープという円環の途中にいる」という感じの世界観ではないと思うのですよね。だからこそ、まれに起こる皆既日食が絡んでるわけですし。オリジナルのヘ・スの心がどうなったかは分からず、死後世界も全く描かれません。ワンムが死後どうなっているかも分からない。

だから、ワンムには会えなくても思い続けたい、もし会えたら最高っていうのがジモンなのかな、と個人的には感じています(とか言って、ジモンはワンムと会う気満々かもしれないけど!)。

(ここも追記:ジモンがワンムと会う気満々なのか、もう少し考える予定です。考え方によって、少なくとも「全ての人がタイムリープという円環の途中にいる」という世界観は可能だということに気がづきました汗。ほんと色々すみません大汗。2019/1/9)

 

また、興味深いのはジモンが「ヘスは別の世界の人間かもしれないから忘れろ」と言っているところ。「もう亡くなって会うことはできませんよ」ではないんですよね。ヘスは高麗という現実の世界の人ではないかもしれませんよ、リアルではなかったのかもしれませんよ、っていう。「届かぬ人を恋しく思っていると私のようになります」は、「届かぬ人を想い続けていたら最後には、別の世界・異世界・夢の世界に行くしかないんですよ、私みたいに」っていう自虐であり警告です。円環は摂理ではあるんだけれども、夢と現実の円環も度が過ぎると危険なのだということなのでしょう。

まぁ私なんかは毎日辛い労働で泣いていて、ドラマとか映画という夢があるからなんとかバランスがとれてはいますけれども(最近はほぼ見る時間がなくバランスは言うほどよくないけど苦)、ただ夢ばっかりでも生きていけないのも分かってる。行きすぎたら最後、もう帰って来られなくなるかもしれん。保障された円環はないのですよね。

 

しかし、ジモンが「別の世界」を示唆したことにより、案の定(?)ワンソは「ならば別の世界まで探しに行こう」となります。ストレートに「会うぞ!!」と。

 

ヘスを失ったワンソの世界は灰色ですが、この悲しみを手放すことはなさそうです。ヘスを忘れるわけにはいかない。ワンソの心に色が戻るとしたら、それはヘスに再会した時だけなのです。必ず探し出してみせる。ワンソはどこまでも意志の力を信じます。

 

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灰色の世界はヘスとの再会のための代償。

 

 

…と、長々書いてまいりましたが、いったんここで一区切り。話があっちこっちいってしまい申し訳ないです。話が複雑すぎるんだw。特にジモンのくだりとか合っているのか本当にわからないので、話半分にしといて下さいw私は迂闊なことばかり言う人間ですよwww。世間ではどういう解釈になっているのか…。

これだけ話が入り込んでいるなか、更に「運命と意志」問題が絡んできますので(どんだけ)、これは次回で考察したいと思います。

 

文中『千と千尋〜』とか『マトリックス』をタイトルだけですが引き合いに出しましたが、『君の名は。』なんかも結構近いことをやってる気がしますね。比べて見るのも面白そうです。あと、テーマ的には朝ドラの『半分、青い』がかなり近かった。この作品、合わない人も多くて炎上してましたねぇ。まぁあれは仕方ないのかな。しかし私はかなり真剣に見てました笑。「半分」という視点から描かれた人生観は、『月の恋人』で描かれるそれと近かったと思います。

 

もう早く最後まで書いて楽になりたい(←)んですけれどもね笑。先日、韓国でミュージカル『新興武官学校』を見てきたので、そのお話なども早く書きたいです(韓国語難し過ぎた笑。でも面白かったです!ハヌルくん、あの役はおいしすぎませんか)。渡韓中の空き時間にNetflixで『月の恋人』の韓国語字幕をチェックしてました笑。日本のネトフリにも早く入れて欲しいものです。

 

続きます!

 

↓ちなみに初見直後に書いた、荒ぶるあらすじ&感想。この頃はジョンの男気と優しさに毎日泣いていました笑。