お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』 第18話を見たよ③ あなたの唯一無二になりたかった

☆18話以降の展開を含めたネタバレしています

まずはネタバレなしで見たほうが、圧倒的に面白いです

 

つづきです。

 

いやぁー悩んだ、悩んだ。そしてまだ悩んでる(笑)。

皇后ユ氏の最期。全20話の中でも最重要シーンの一つです。

なるべく肩の力を抜いていきたいと思います。長いです。

 

母への復讐は「唯一無二の息子になる」こと

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ジョンを排除し、誰一人として皇后ユ氏に近づくことを許さないワンソ。母を完全に独占します。部屋にただ二人きり。

 

しかし、皇后はワンソを拒絶する態度を崩しません。

立つことも、ほとんど話すこともできないほど衰弱しているにも関わらず、ワンソが与える水も食べ物も唇を堅く閉じて絶対に口の中に入れない。しかも皇后、目も固く閉じてます。完全拒絶。

 

皇后は5日も飲まず食わずらしいんですけれど、これってハンガーストライキなのよね。要求は「ジョン…ジョン…」(このシーンにおける、皇后唯一の台詞)。ワンソは「死ぬおつもりですか」と問いますが、皇后はどう見たって本気です。完全に囲いこんだ息子もどうかと思うけど、母もハンストで抵抗って…二人とも相変わらずとことんやるタイプだからねぇ…。ジョンも、母上と同じく宮殿の外でハンストしてるし。

物理的に独占しようとも、ワンソは母の心に入ることが全くできない。

 

「見てください。今そばにいる息子は?完全無欠のヨは、もうあの世に行きました。目に入れても痛くないジョンは、そばに来ることもできない。私だけが残りました。私が皇帝になり、母上を守っています」

 静かに訴えかけるワンソ。

その言葉を聞きながら目をゆっくりと開けた皇后は、ようやく顔をワンソに向けます。

母は息子を見る。

 

ここで4話でのシーンが入ります。

母の罪を隠すために大量虐殺をしたワンソは、母に徹底的に否定され、罵倒されました。「おまえは、私の息子ではない」「お前は恥であり罪だ。だから養子に出した」。

 

その時、ワンソは涙を流しながらこう言い放っていた。

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「今日を必ず覚えていてください。母上は私を捨てましたが、私は去りません。これからは私だけを見つめさせます」

 

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皇帝という国の最高権力をもってして、ワンソはその言葉を成就させます。

今、母はやっとワンソだけを見つめている。

 

でも、ワンソの言う「私を見て」はもちろん、物理的に「見る」ことを求めているわけじゃありません。「私を見て」は「私を愛して」なのです。まだ、足りない。

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ワンソの怒りと悲しみが止まらない。全ては母の愛を渇望するゆえ。

 

「 母上の為に寺を建てます。この高麗で最も大きく華やかな、母上に似た寺を。そして、母上と私の話を広めます。母上がどれほど私を大切にし、私がどれほど母上を慕ったか。互いに恋しがる親子だったことを、皆に知らしめます。そして私が母上の唯一無二の息子になります」

 

ワンソの「唯一無二の息子になる」という言葉に反応するかのように、激しい発作に襲われ呻く皇后。しかし、ワンソは続ける。

「…これが母上に捨てられた…私の復讐です」

 

激しい断末魔の中、母の手はかつて自分が傷つけた息子の頬へ。

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 母に頬を触れられても、ワンソは表情を変えない。傷がうっすら残るメイクが素晴らしい。

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発作のなか、息子の頬に触れるやいなや、母は絶命します。

その手は滑り落ちていく。

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力が抜けた皇后の手を、すかさずキャッチするワンソ。

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 頬を触れられ、いま手を握っていることに思わず嬉しさがこみあげるが…

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 慟哭。

 

皇后ユ氏の臨終の瞬間は、かなりショッキングな描写となっています。いろんなキャラが亡くなっていくけど、この人ほど苦しみながら死ぬ人はいないんじゃないかっていうくらい。業にまみれた人間が迎える死とはどんなものなのか。

演じるパク・チヨンさんの凄まじさ。女優!

イ・ジュンギさんも渾身です。号泣してるところもいいけど、頬を撫ぜられてもぐっとこらえてる表情がいい。親子対決であり、演技対決でもあります。二人とも「暴力を振りかざす者」という側面が大いにありながら、それでも視聴者の心をぐっと寄せさせなきゃいけないので、さじ加減が相当難しかったのではないかな。下手したらただの「荒くれ君主」と「悪い母」になってしまいますから。

 

皇后ユ氏の死ってものすごく劇的なんですけど、よく考えたらなんだかあっという間に亡くなってしまうんですよね。初見の時は、断末魔の説得力が半端ないのと、18話自体(そして19話、20話も)ショックなことがありすぎて、気にする余裕がなかったんですけれども…。怒涛の展開にかこつけて、パッと有無をも言わせない勢いで死んでしまっているような、そんな感じさえする。

 

死因にしても、ストレスと飲まず食わずからくる衰弱&ショック死…なんだろうけど、これはもう人為的な死というか、ほとんどワンソのせいでもあり、でも皇后自身の責でもあり…ボヤっとしているのですよ。

ワンゴン崩御&ワンヨ謀反の際(13話)、皇后は心が死んで体もかなり弱ったけど(一晩で髪が真っ白に…)、ジョンがそばにいたことと後のワンヨ生還で皇后も復活という流れがありました。今回はそのワンヨが亡くなりジョンも幽閉されてしまったので、命の源がなくなってしまったのだろうな…という印象です。ジョンに会えないなら死んでやる!っていう激情もありますし。死因がボヤっとしてるわりに納得できるのは、皇后とワンヨ・ジョンとの関係性をしっかり描いていたからでもあります。

あとは、皇后ユ氏は罪を重ねすぎてるから、やっぱり因果応報は避けられないのかな。物語だからな。

 

でもねぇ、こんなこと言ったらアレだけど、母子のどちらかがこの最終対決にもっと早く折れてたら皇后は死ななくて済んだ可能性が高いわけじゃないですか。このふたりだって、それはわかってるんですよね。不幸な状況です。でも、なにしろ意思の強い母と息子ですからね。愛と憎しみを賭けた戦いですからね。絶対に引き下がるわけにはいかない。似た者親子。(だから、ジョンがこの部屋に入ってこれないのは、ジョンには悪いが納得でもある。ジョンにもまた、入れない領域があるのです。)

 

で、「このままいくと母上死ぬな」って分かっていながら、ワンソはさらにプッシュする。母の死んだ後の世界を語るっていうのは、かなりぎょっとしました。「私が母上の唯一無二の息子だと皆に知らしめる。それが捨てられたことへの復讐だ」と。どんなに母を愛したか。そして、どんなに愛されないことを恨めしく思っていたか。自分の思いを伝えるチャンスはもうこれが最後なのです。

ワンソは母の唯一無二の息子にずっとなりたかったわけで、自分の叶わなかった願望を広める、つまり嘘を広めるのが復讐とか、もう泣ける。唯一無二っていうのは、ワンソがこだわっている「私の者(ネサラミ)」ですよね。ワンソは母のネサラミになりたかったんだよね(泣)。それを可能にするのが、権力。ワンソは皇帝だから、この復讐を実現しようと思えば本当にできる。

 

対して、皇后ユ氏はもとを辿れば、ワンゴンの唯一無二になりたかった人です。夫のネサラミになりたかった。なのに、憎み続けたワンソと相思相愛だったと自分の死後に認識され続けるなんて、到底受け入れられない。でも、自分が死んだあとでは、どうすることもできない。そして、そこまでワンソを追い詰めたのは自分。

皇后は「歴史に残る」ということを意識していた人ですしね(処刑直前のオ尚宮に「あんたのことなんて誰も覚えちゃいない。皇后の私とは違ってな!」みたいなことを11話で発言)。

こうしてワンソの「復讐」計画がとどめとなり、皇后は亡くなってしまいます。

 

ただ、死の間際に皇后は、とんでもない爆弾を落していく。それは、ワンソの頬に触れたこと。完全拒絶を最後に解除するのです。

もうこれ、ツンデレとかのレベルじゃないですね。ワンソにとっては、天と地がひっくり返るような出来事。

 

といっても、発作で何も話せないし、母は何を思って息子の頬に触れたのかはハッキリと示されない。っていうか、皇后ユ氏本人も「こんなことになるなんて。こんな気持ちで死ぬなんて」っていう雰囲気で、混乱しながら絶望しながら亡くなってる(そういう演技だと思うんですよね)。でも、わからないからこそ、策士だった母がそれこそ発作的に頬に触れたからこそ、大きな意味がある。意味を与えざるを得ない。

手で頬に触れると言う行為は、この18話の前半でヘスがワンソにしています。最大限の愛情表現として。皇后が頬に触れたのは、ヘスのそれとは違う。でも憎しみ以外の情がそこには確かにあるのです。でなければ、頬に触れることはない。ワンソが息絶えた母の手を強く握っていることからも、その情をしっかりと受け取ったことが伺えます。

 

お互いに全力で押し合っていた愛憎合戦は、母が予期せぬ行動に出たこと、そしてその最中に亡くなってしまったことで風向きが変わりました。この最期はワンソにある種の癒しをも与えますが、それと同時に母離れをする機会を完全に失ってしまった気がします。彼はより一層母親を恋しがり続けることになるでしょう。母と息子の物語は永遠に終わりそうにもありません。

 

(このタイミングで皇后ユ氏が亡くなるのは、もしかしたら、というか恐らく心理学で言うところの「母親殺し」が必要だからなんだと思います。ワンソが真の皇帝になるには、母を乗り越えなければならない。あんまり乗り越えられてないけど…。そして心理学的なことは全然詳しくないから、この観点からはこれ以上語れないんだけど…。でも、たぶんそうだと思う)

 

愛の弱者

ところで、私はこのドラマの監督であるキム・ギュテさんが手がけた『大丈夫だ、愛だ』という作品も大好きなのですが、そのなかでこんなセリフが出てきます。

不器用で恋がなかなかうまくいかなかった青年(イ・グァンス)が登場人物の一人としているんですけど、彼は新たな恋に喜びと不安を抱く。それで彼は、主人公(チョ・インソン)にさりげなく聞くんですね。

「『より愛してる方が弱者』って言葉があるだろう?もう弱者は嫌なんだ。強者になる方法を、もしかして知ってる?」

(『大丈夫だ、愛だ』/11話)

 

「より愛している方が弱者」。

この言葉はトーマス・マンの『トニオ・クレエゲル』という小説に出てくるということでいいのかな?(調べてみました。こんなゴリゴリの古典から引用していたんだ。もちろん小説は読んでいません!)。小説では「最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ」とあるみたいです。

 

ワンソと皇后のことを考えながら、ドラマ鑑賞メモをパラパラ見返していたら(気に入ったセリフとかを書き留めているのです照)、ふいにこのセリフが目に留まったのですよ。

まぁ、ワンソの場合は徹底的に母に憎まれていたので、「より」愛してるか、っていうとちょっと違うかもしれないけれど、ワンソは皇后ユ氏を「最も多く」愛する立場にいたから、母との関係の中では一貫して弱者のままだったのよなぁ。最後まで負けていた。
 

けれども、皇后ユ氏もまた「愛の弱者」の一人でした。夫であり初代皇帝であるワンゴンを、「より」「最も多く」愛して苦しんだ。

 

第一話では、ワンソが顔に傷を負ういきさつが描かれますが、このシーンを見ると皇后ユ氏がいかにワンゴンの愛を求めていたかがわかります。ワンソの立場から見ると酷い母なんだけど、改めて皇后の立場から見るとかなり気の毒なところもある。今更ながら、ちょっと振り返ります。

 

皇后ユ氏の長男ワン・テが亡くなった直後、ワン・ゴンは高麗の南方危機を解決するために、婚姻すると言い出します。泣きながら必死に引き留める皇后ユ氏。

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「陛下!テが死にました。私たちの長男が亡くなったのです。このような時にまた婚姻なさるとは」

「高麗の南側が危険だ。この婚姻で、それを止めねば」

「統治者である前に私の息子の父なのです。悲しくないのですか?胸が裂かれませんか?死んであの子を取り戻したいとは思わないのですか?」

「人命は天が定めるのだ」

 

そりゃ皇帝に家庭人であることを求めるのはかなり苦しいですが(理知的なウク母だったら悲しみながらも「お行き下さい」とか言いそうだもんね)、じゃぁ嫁は耐えてりゃいいのか、というとまた違う。妻として、母としての、皇后ユ氏の訴えは共感しうるものです。夫と子供に対しての強い愛があるからこそ、引き留めている。子を亡くした悲しみの中、夫は国を救わなきゃいけなくて、しかもその方法が別の女性との婚姻ってさ…なんですかこの妻にとって滅茶苦茶で最悪すぎる状況は。

 

それに対して、ワンゴンはあくまで高麗ファーストな姿勢どころか、「人命は天が決める」とか言っちゃう。息子が死んで悲しんでる人にそんなキツイこと今言わなくたっていいじゃないか…(まぁ、ワンゴンの言葉は慰めにもなると思うけど、このタイミングじゃない)。皇后は喪失感と悲しみを、ワンゴンとせめて共有したかっただろうに。

 

案の定、皇帝のこの言葉が引き金となって、皇后ユ氏は思いつめた行動に出てしまいます。ここから一気に彼女の肩を持てなくなってしまうんですが、でも依然、言いたいことはわかる。

 

傷ついた皇后ユ氏は、発作的に近くにいたワンソの手を引きワンゴンの前へ。

 「そうお思いなら、私たちは生きていけません」

そして息子の首筋に刃を向けます。究極の選択を皇帝に問う。

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悲しみゆえ、ピュアさゆえから思いつめてしまう皇后ユ氏。

無防備に愛を乞う皇后は、皮肉なほどにとても美しい。

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「婚姻ですか?息子ですか?お選びください。高麗ですか?それとも息子の命ですか?」

「ソを放しなさい。そんなことをしても婚姻は取り消さぬ!」

「ご立派です…本当にご立派ですこと!そのようなお心なら、私も必要ありません」

 

そして、ワンソに向かって刃を振りかざす皇后ユ氏。止めに入ったワンゴンともみ合いに。結果、ワンソの顔に傷が入ってしまいます。なんたるちや。

でも、皇后はこの時泣いているのですよ。心底悲しそうな声をあげて泣いている。

 

「人の命は天が決める」つまりは運命なのだ、と言う一方で、国の存亡は運命ではなく意思の力で何とかしようとするワンゴン。

ならば、と皇后ユ氏はその意志を試すんですね。

皇后はワンゴンに「陛下が私たちを何よりも大事にしてくれないのなら、生きていけない」、「純粋に自分(と息子)だけを見てくれなきゃ嫌だ」ということを命がけで訴えます。刃をワンソに向けてるけど、それと同時に自分自身に刃を向けてるのだよね。

更なる婚姻よりも国よりも、私たちの命をあなたの意志で選んでほしい。

 

皇位か心か。運命か意思か。この対立は『麗~』の重要命題が合わさっていて、よくできてるなぁと思います(これを1話でちゃんと見せているのが、またうまい)。

 

皇后ユ氏は、ワンゴンの心が欲しかった。このドラマは「皇位と心」どっちも欲しくて葛藤する人が続出なんだけど、皇后の場合は完全に「心」の方を欲してる。既に皇后という座を得ているからこそ、心に執着したとも言えるかもしれませんが。このシーンでの皇后の一番の主張は、なんだかんだで「もう婚姻しないで!」ですからね。

皇后ユ氏はワンゴンの「100%の愛」を求めています。ワンゴンは「ワンソを放せ」と言っているし、息子の命を大事に思ってないわけじゃないんだけど、それじゃ全然足りないのです。その程度の愛ならいらないのです。ワンゴンを独占したいのです。打ちひしがれているこの時は、尚更に。

 

でもワンゴンという人は何しろ皇帝だし、統治の為に婚姻を繰り返し続けるから、ワンゴンの妻になった時点で、彼の唯一無二になることは難しいのだよ。婚姻は政治の道具であり、妻も子供も増えていく一方。皇后ユ氏と婚姻したのも、そもそもは彼女が「ユ氏の娘だから」に過ぎないでしょう。

17話でジョンはヘスに「たくさんいる皇帝の女人の一人になっていいのか?」と問いますが、それは母の皇后としての悲しみを知っていたからでしょうね。

 そのうえ、ワンゴンには、オ尚宮という不動のネサラミがいた。どんなに強い意志があろうとも、皇后ユ氏は夫の唯一無二にはなれないのです。

(このへんの事情を含めた皇后ユ氏の背景は、ヨンファが皇后になる過程を描くことで補完されています。ヨンファは皇后ユ氏の生き方をどこかなぞっている。)

 

だってワン・ゴンの最期の言葉は「スヨナ…」だよ。オ尚宮の名前だよ。オフィシャルでは「人生は儚い」が最期の言葉ってことになってるけどさ…(13話)。

皇后ユ氏はワンゴンを看取っているわけで、他の女性達を蹴落とすあらゆる手段を尽くしたにもかかわらず、自分の目の前で夫が別の女の名前を口にして死ぬとか、ほんと地獄すぎる。そりゃ、皇后ユ氏もこのあとのひと晩で頭も真っ白になるよ。(そして皇后自らの死の床でも、目の前にいない息子の名を呼ぶという、この負の連鎖…)

 

ワンゴンとの関係において、皇后ユ氏は最初から最後の最後まで弱者でした。

 

 皇后ユ氏の生きづらさ

皇后ユ氏はいわゆる「稀代の悪女」であると同時に、愛を追い求め続けるし、メンタルが体調にモロに影響するし、人間らしさの塊のような人でもありました。この人の犯した数々の罪は決して許されるものではありませんが(自分の利の為なら人を殺すことさえ厭わなかったからな…オ尚宮も、皇后ファンボ氏もハメられて大変な目に遭っているし、ワンソにひどいことをし続けた)、だからといって「悪人だった」とバッサリ切り捨てることもなかなかできないのだよ。モンスターではない。

 

なぜワンソを憎んだのか、という理由については、皇后本人が「母は輝きをくれる息子を選ぶ」「お前は恥であり罪」とはっきり発言していますが(4話)、その説明で十分な気がします。ワンソが「(母上が自分を気にかけないのは)顔の傷のせいなんですね」と聞いた答えがこれですから。なぜ輝きをくれないのか、恥であり罪なのか、というと、やっぱりどう考えても顔傷事件なんですね。憎悪の原因となる描写はこれしかないですし。

ワンソの顔の傷には皇后の悲しみがつまっています。最期に皇后がワンソの頬に触れたのは、自分自身への情とも言える。当時の高貴な方たちにとっては顔の傷自体「輝かない」理由なのでしょうが、ワンソの顔を見る度に「自分はあの時ワンゴンに選ばれなかった」っていうことを思い出すから、遠ざけたんでしょう。

実は「皇后は顔傷事件の前からワンソを憎んでたのかな…」って疑ったりもしてたんだけど、1話を見直した限りだと、そういう感じではなかった。むしろ、ワンソをはじめ息子たちと自分を同化している印象でした。たぶん、ワンソに刃を向けたことで皇后の中の何かが、完全に壊れてしまったんじゃないかな。

いずれにせよ、ワンソ本人に憎まれる原因がなかったことは間違いありません。それは、皇后ユ氏の心が勝手に決めたこと。

 

また一方で、根本的な「何故」探しにはそれほど意味がないような気もして。

ワンソはヘスにプロポーズした時に、「何故惹かれたのかは忘れたが、好きな理由はいくつもある」と言っていたけど、憎むのもきっと同じ。「何故憎いのかは忘れたが、憎む理由はいくつでもある」ってことでもある。何かが好きだとか、嫌いだとかは、その人の心の奥底が決めるもので、本人はその全てを意識しているわけじゃないのだよね。理由なんていくらでも後付けできる。

皇后はただ憎む誰かが欲しかっただけなんじゃないか、とも思ったりするし。憎む根本の原因が明確にあったとしても、息子を虐待することは許されることではないし。

 

正直、皇后ユ氏が何故皇帝を好きなのかなんて、もっとわかんない。超アウェイな皇宮に嫁いだけど、皇宮は誰も信じてはいけない場所だから、ワンゴンだけが心のよりどころになったのか。皇帝の唯一無二になることで、自己承認を満足させようとしたのか。幼少期の生い立ちが関係してるのか。ワンゴンの人柄に惚れたのか。顔がめっちゃタイプなのか。どの理由も根本的な「何故」になりえるけど、後付けの理由にもなる。それは無意識が関係しているから、真相は結局本人にすらわからない可能性があるのだよね。

だからこそ、好き・嫌いの感情はとても慎重に扱わなければいけないのだと思います。人間の根幹を揺るがす、とてもセンシティブな部分が関わっている。

 

さて。

先に紹介した『大丈夫、愛だ』では、「より愛してる方が弱者」だと悩む青年に主人公はこう返します。

「より愛するから弱者になるんじゃない。心の余裕がないから弱者になるんだ」

「心の余裕?」

「見返りを求めると焦る。『俺は愛を与えることができるだけで幸せだし、大丈夫だ』。それが余裕だ」

 

言われてみれば、皇后ユ氏は明らかにジョンを「より愛していた」けれど、ジョンといる時の彼女は弱者ではありませんでした。なぜなら、ジョンに全く見返りを求めておらず、愛を与えるだけで幸せを感じていたからです。特に初期を見直すと、皇后はジョンといる時は、心から楽しそうにしています。

 

もし、皇后がワンゴンに対しても「愛を与えるだけで幸せだ、大丈夫だ」っていう心の余裕を持ち合わせていたら…と思う反面、やっぱりそう簡単にはいかない。それは、いつだって、誰にとっても難しいものです。みんな寂しいし、認められたいし、愛した人には愛してほしいと思ってるよ。

それに、ここは陰謀だらけの高麗の皇宮。約束を簡単に捨てさせる場所。見返りがある方が、安心できる環境とすら言えるのです。

 

そういう流れから考えるてみると、このドラマで「母」が物語上でかなり大事なのは、「母」という存在が「無償の愛」をイメージさせるからなのかもしれない。母を描きたいというよりは、その先にある「人は見返りを求めずに愛せるのか」というもっと大きなテーマを描こうとしているのような気がします。皇后ユ氏というキャラが提起する問題は、まさにそれなのです。

「母は子を愛して当たり前」と思われがちだし、「母の無償の愛」はある意味社会から強要されているけど、母の愛を含めた「見返りを求めない愛」はつまるところ人間の尊い意志です。そして、その感情を持てるかどうかは本来、性別も、未婚・既婚も、子供の有無も関係がない。

また一方で、見返りを求めていないようで、「寂しさを紛らわせるための愛」や「自分の悪を中和させるための愛」もあり、実は相手を利用している場合もあります。皇后はピュアにジョンを愛しているとも、自分のエゴのために愛してるとも捉えることができるのだよ。依存しているだけっていう。

更には、見返りというか、大切なものを守る為に自己犠牲を払う愛もある(このドラマではこれが圧倒的に多い)。

手ごわいぞ!無償の愛!

 

あと、そもそもの元凶ってワンゴンじゃない?って思ったりもするんですけど…(苦)。国をまとめた功績は半端ないけど、犠牲多すぎよ。婚姻を重ねたことで、嫁ぐ女性たちは駒扱いだし、皇子が多いから、皇位争いも激化してるのですよね。政略結婚は時代や国を超えて起きてしまっていることですが、婚姻相手が本当に多いからなぁ。

本人も亡くなる前に「俺の人生何だったんだろう」的な発言をしてますが、それ言われちゃうと周りの人たちはどうしたらいいのよ。

 

話が蛇行しておりますが…。

皇后ユ氏という人はとても語りづらいキャラですが、その一番の理由は相反する感情をいくつも持った、矛盾だらけの人物だからでした。繰り返しになりますが、彼女は人間らしさの塊なのです。何事も割り切れないから、全ての感情が同居してしまう。苦しい。生きづらい。ワンゴンに対しても、回想シーン以外は激しいラブ&ヘイトなんですよね。愛してるけど、愛してくれない。だから、憎い。

 でも、世界はあらゆるものが混在するカオス。矛盾する事柄はいくらでも両立します。そのなかで揺れながら進むしかないのです。

皇后ユ氏はついぞワンゴンの唯一無二になれなかったから、「意志の力には限界があるな」と感じずにはいられないけど、皇后ユ氏が最期に情を見せたのはワンソに強い強い意志があったからであり、また皇后自身も最期まで意思を持っていたからであり。やっぱり、ネバーギブアップって大切…。矛盾してるけど、両方真実。

結局、どこから物事を眺めるか、ということなのでしょう。絶対はない。でも、そのおかげで、私たちは息ができる。

 

皇后ユ氏の死は本当にあっという間の出来事で、言葉もないのだけれど、だからこそ、そこには余白が生まれました。余白とは、わからなさであり、可能性であり、矛盾。

この余白のせいで、残された者は心の整理をし続けるしかありません。しかもワンソは皇后に頬を触られるという救いと呪いを受けています。その手の感触のせいで、いつまでも母にとらわれてしまうかもしれない。恋しさが反転して、傷つけられたことを滅茶苦茶憎む日もあるかもしれない。

 

だけど、皇后が心にしまった思いに気づくことができるのは、きっとあの臨終の場に立ち会ったワンソだけ。あの断末魔は、母の人生の苦しさそのものでした。ワンソはその姿を確かに見たのです。ワンソは母の心のを知ることができうる、真に唯一無二の息子。

 

一方、誰よりも激しく愛を求め、認められることを願っていた皇后ユ氏は、憎んだ息子に看取られるという、ある種の敗北感のなか息を引き取ることになりました。けれどもワンソは、誰よりも母に愛と承認を与えることができる息子です。皇后は自分を最も多く愛した人物に、見送られたのです。そしてその死に余白があったことで、言葉にできなかった苦しさや孤独に、ワンソが気づいてくれる日が来るかもしれない。

 

皇后ユ氏の死に際した「わからなさ」で救われるのは、実は皇后本人なのだろうか。彼女の最期について考えていると、ふとそんなことを思ってしまいます。

 

なんだかうまくまとまらなかったけど、つづきます…(長くてすみません汗。次で18話は終わります)。

 

 初見時直後の母絡みの感想。こっちの方がまだ読みやすいかも…

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