お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『ライブ~君こそが生きる理由~』 非日常と日常と

 

☆それなりのネタバレが含まれます☆

 

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こんにちは!

 

このブログで何度か言及していた韓国ドラマ『ライブ』を見終えました!

2月のもろもろ感想の記事に混ぜて書くつもりでしたが、結構な長さになってしまったので汗、独立した記事にしたいと思います。いつも独立記事は作品を複数回見て、なるべく裏をとって書いているのですが、今回は雑記のつもりで書いたので、1回だけ見た印象だけで語っております(すみません汗)。

 

脚本は『大丈夫、愛だ』『ディア・マイ・フレンズ』(←いつか感想を書きたいと思っている素晴らしい作品です。『大丈夫~』も、とてもいいですよね!)のノ・ヒギョンさん、監督は同じく『大丈夫、愛だ』そして『麗~花萌ゆる8人の皇子たち〜のキム・ギュテさんです!

 

まず、先に書いておかなくてはいけない、というか、最初に言及した時から書くべきだったことがあるのですが(すみません)、それは「この作品は性暴力、家庭内暴力児童虐待などを含めた様々な形の暴力がリアリティをもって描かれているので、視聴には注意が必要だ」ということです。素晴らしい作品ですが、無理して見る必要はありません。色々と記憶が呼び覚まされてしまう人もいるかもしれません。悲しい事件がとにかく多く出てくるので、私も見るのに時間がとてもかかってしまいました。ちょっと嫌かも…という方は、この感想も飛ばしてください!

 

『ライブ』は韓国で一番忙しいと言われるホンイル署(架空だけれどもモデルはありそう)のお巡りさん達の物語です。刑事さん達が大きな事件を追うのとは違って、私たちの身近にあるトラブルを相手に彼らは日々格闘しています。ただ、身近なトラブルといえども、命にかかわるようなことも頻発するんですよね。過酷な環境の中、理不尽な出来事に何度も見舞われながらも、なんとか前向きに任務に向き合おうとする誠実な人々のお話です。

 

この作品は、主人公であるハン・ジョンオ(チョン・ユミ)とヨム・サンス(イ・グァンス)が警察官を志望する少し前から描かれるのですが、始まって10分ぐらいで「こりゃ名作だ」って個人的には思いました。

 

冒頭は雪が舞うソウルの夜。デモ対応のためにたくさんの警察官が大規模に集まっています。路上では休憩中の警察官たちがケータリング的なもの食べていて、そこには既に警察官姿のジョンオとサンスもあります。誰も喋らず、黙々と、凍えながら食べています(この静かなシーンだけでも多くを物語っていて素晴らしかった)。

 

そのあと、物語は主人公たちの警察官前(民間人時代)に戻ります。ジョンオは地方大出身かつ在住であること、女性であることを理由に就職先が決まらない。サンスは非正規で明らかに良くない感じの会社で働いて、そこで正社員になることを目指しています。つまり、この二人はそれぞれの人生が全然うまくいってなかった。一生懸命に生きているのに過酷でした。しかも、この社会で彼らのような姿はどこか「ありふれた」風景になってしまっていて、特別にこの二人だけがものすごくうまくいっていないわけじゃない。もちろん恵まれた人もいるけれど、基本的にはみんなうまくいっていないんです。この描写は最初の10分どころか結構続きます。主人公たちは『ミセン』的でありながら、ミセン以上(と言っていいでしょう)に社会のあおりを受けて前に進むことが困難になっている若者でした。

 

で、なんといっても私たちは冒頭で、過酷な警官姿の二人を既に見てるわけじゃないですか。警官になる前も、なったあともずっと過酷だということが、すぐに理解できるストーリー進行なんですよね。冒頭の冷たいメシを黙々と食べるシークエンス、そして民間人時代が痛いほどに切実に描かれていた時点で、この作品は決して流し見はできないな、と思いました。

 

それで、ジョンオとサンスはかなりの猛勉強をして、警察学校に入るんですが(ここで二人は出会います)、言うまでもなく、ここでも脱落者がでるほど過酷。ホンイル署(派出所より大きいけど警察署よりは小さいイメージ。分署)に配属されてもずっと過酷。1年は仮採用で給料は激安。最初は酔っ払いの吐しゃ物の掃除ばかり。苦労して手に入れた夢の公務員生活は、過酷すぎました。

 

職場の先輩たちも過酷です。命の危険に常にさらされながら、依然生活は楽ではありません(図らずも副業してる人すらいる)。プライベートの充足はほとんどできず(結婚相手を見つけるのも大変)、病気になっても治療に専念することは容易ではありません。

 

引退間近の警察官ですら過酷です。彼らは、体力が衰えるなかで若い警官と同じように動かねばならず、そもそも無事に引退することすらも難しい。体が元気であったとしても、退職間際に不祥事に理不尽な形で巻き込まれてしまえば、長年真面目に勤めたのにもかかわらず退職金はなし。最後まできっちり全うして退職金をもらえるとしても、引退後に別の仕事ができるように、在職中から資格の勉強とかもしてるんですよね(韓国では、退職後のために中高年の方が資格取得を目指すことが結構あるようですね)。

 

『ライブ』が素晴らしいな、と思うのは、このように様々な年代を描いているということ。署内だけでいっても、主人公である新人警察官に葛藤があるだけでなく、中堅、ベテラン、それぞれに悩みがあります。そういうなかで「警察官であることは幸せなのか…?不幸なことなのではないか…?」「こんなに大変すぎるというのに使命を持って職務を果たすことはできるのか…?」というテーマが浮き彫りになっていきます。

 

事件の被害者、加害者も様々です。といっても、被害者に関しては子供、女性(外国人も含む)が圧倒的に多く、加害者は男性が多いは多い。でも、話はいつもそう単純ではなく。例えば、思いつめたシングルマザーが子を傷つけたり殺めてしまう不幸な事件が複数回出てきます。逆に子が(過ってではあっても)親に大けがをさせてしまうこともある。市民が警察官を痛めつけることもある。

 

警察官は治安を守るために、力を与えられていますが、一方で事故や不祥事などが起きると彼らの立場はあっという間に危機にさらされます。それは必要なことではあるんですよね。「悪い警察」もいるわけですから(韓国ドラマでは多いテーマですよね)。でも真面目に勤務している警察官が体裁のためにあっけなく罰せられざるをえないという現実は確かに理不尽だな、と思いました。市民より力があるようで、弱者へと立場がひっくり返る可能性はいつもある。いち市民がいち警察官より理不尽に立場が強くなってしまうケースもしっかりと描いています。

 

また、警察内だけでなく、警官たちの家族を通して家庭内での力関係もひっくりかえることが描かれます。かつて妻や子を虐待していた父親が老いれば、庇護が必要な弱者となる。子をネグレクトしていた母親が、時間の経過とともに精神が落ち着き、優しい世話焼きになる。この時、子はどのように親に接するのか。親より強者になるわけではないけれど、複雑な気持ちを抱えながら、それでも親を守ろうとする姿は色々と感じるものがありました。距離感をとりながら、でもやっぱり見捨てるほどは憎むこともできない感じがとてもリアルでした。

 

あとは、性的暴行について。直接的な描写は大きくありませんが、かなり繊細なところまでしっかりと描かれていました。性暴力がどれほど卑劣で、どれほど被害者の体と心を傷つけ打ちのめすか。そして、その被害者が警察に訴えたり被害を認めたりすることがどれほどつらいか。でも、被害を届け出なければ、加害者は野放しにされ、また別の被害者が出てしまうかもしれない。被害者自身も適切な傷の処置や避妊薬服用などが速やかにできなくなってしまいます。自分のために、そして誰かのために、傷ついた被害者が勇気を出す姿が描かれます。

 

また、性暴力を予防するためにと、ジョンオは若いうちからの性教育の必要性を学校で訴えますが、保護者から猛反発を受けてしまうのも印象的です。寝た子を起こすな、ということですね。加害者も被害者も生み出さないためには、正しい性の知識や人権教育が必要で、でも実際にそれを公的にするには現状相当難しいことなんですよね(日本も同じような状況だと思います)。警察官たちは世間の価値を簡単に変えられるわけもなく、それでも今できることをしていくしかありません。

日本では若い女性が子を産んで遺棄してしまう事件が幾度となくありますが、罰せられるのは母親で父親は出てきませんよね。法制度や福祉を整えることはもちろん、教育が今とても必要なのだな、と見ながら感じました。

 

これに関連して、「生理用品を学校で用意すべきだ」という話もとても印象に残りました。お金がない生徒が急に生理になってしまい、トイレから出られなくなってしまう場面があるんですね。海外では無料提供や学校配布も始まっている国もあるようですし、どの国でも生理用品がお金がなくとも手に入る世になってほしいです。生理は地味に、そして確実にお金がかかりますよね。

 

あとは、警察官同士の夫婦(ぺ・ジョンオク演じるアン・ジャンミ/ぺ・ソンウ演じるオ・ヤンチョン)の話も興味深かった。お互いに同じ職業だから、色々とわかりあえることも多いけれど(民間人の妻を持つ警察官の共有できなさも描かれます)、同じようにきつい仕事をしているのに、家事や子育て、両親、義両親の世話は圧倒的に妻がやってきた夫婦なんですね。

これは警察官だけの話ではないと思います。個人的な印象ですが、同じ会社とか、同じ業種でも家庭内における妻の負担は大きいことが多い。仕事が全然違っても、妻が主婦の場合でも、やっぱり妻の負担は大きい。現状では、ですが。男性が積極的に家事を引き受けるカップルもあるでしょうし、実際にも私の知り合いにもいますが、本当に少数派です。色々事情はあるだろうけれども、家事はなるべく平等であってほしい…(まずは長時間労働をさせないで…)。

 

ドラマではふたりは離婚して、夫が反省するんですけれどもね。ああいった回心は、実はかなり難しいのではないかと思ったりします。オ・ヤンチョンさんは最初くそ野郎っぽい感じでかなり憎らしい存在なんですけど笑、そもそも悪い人ではないんですよ。むしろ優しいところもあるし、熱い人です。デートDVにあっていた娘に対しても「どんな相手であっても、嫌だと思ったら絶対に体を触らせるな!」って本気で叱るし(大事なことですね)。でもとにかく不器用が過ぎるんだ。そして不器用なら妻になんでも押し付けていいのかというとそれは違うからね!

あとジャンミさんがバリバリのカッコよくて素敵な人だから、彼がジャンミさんを好きなのはすごくわかる。そしてジャンミさんが弱音を吐けるのは、結局(元)夫の前だけだったりするし、結局ふたりはいいパートナーではあるんですよね。

 

ざっとテーマだけ書こうと思ったら長くなってしまいました。でも本当はもっといろいろあるよ!各キャラクターに、ほぼ触れてないけれど(それこそ滅茶苦茶長くなるからね!)、どの人物も多面的だし素朴な魅力があります。誰もが何かを抱えていて、それでも勤務中にはそんなことおくびにも出さない(そんな暇すらない)。ジョンオもサンスも弱者としてひどく傷ついた経験があり、その傷を抱きつつも、人々の安全のために奔走し、成長していきます。恋愛、友情、家族愛、組織のあれこれ、上下関係、チームワーク…と盛りだくさんにあるので、未見の方で暴力描写が大丈夫そうだったら、おすすめです。フェミニズム的な要素を多く取り入れながら、「ひとり一人が尊重される社会」の必要性を強く訴えています。

 

お仕事モノの韓国ドラマといえば『ミセン』が思い出されるところですが、あの作品は社会で生きている誰もが感じる理不尽みたいなものが凝縮された人間ドラマですよね。日常をリアルに、日常を非日常のように鮮やかに描いている(と言いつつも、海外ロケとかはさすがに非日常か…^^;)。

 

対して、この作品で描かれる事件のほとんどは、多くの人にとっては非日常的なこと。でも、誰の日常にも突然起こりうる非日常です。で、そんな非日常が警察官たちの日常なんですよね。さらに、彼らにだって、ご飯を食べたり、掃除をしたり(掃除・家事シーンが本当に多く出てくる)人間関係に悩んだり…と私たちと同じ「日常」がある。だんだんと何が日常で何が非日常なのかが分からなくなってきます。

事件が次々と起こるカオスのなかで、日常と非日常をくるくると巧みに回転させながら、見る者を惹きつける素晴らしい作品でした。