お出かけ手帳

誤字脱字病。書いては直す人生。

『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』 最終話(第20話)を見たよ② この瞬間を自由に生きよ

☆とてもネタバレしています!!☆

☆まずはネタバレなしで見た方が圧倒的に面白いです☆

 

ご無沙汰しております!

かなり久しぶりの更新となってしまいました汗。

 

『麗~』の最終回記事をもう一回書く!と意気込みながらも時は流れ…。常に心の隅で「やらねば…」と思いつつも、なかなか書けず、間がだいぶ空いてしまいました。お待たせしてしまった方には、大変申し訳ありませんでした汗汗。書けなかったのは、健康面が荒れていたのが大きな理由なのですが(だいぶ元気になりました!)、もうひとつの理由は書くのが難しずぎるからです苦笑。

 

この最終回で、物語のまとめとして描かれているテーマは「人生」だと、個人的には感じていました。そこには「運命」「自由意志」「選択」など難しいトピックが多く含まれています。でも、これって哲学者が人生をかけて思索するようなことではないですか…笑。

また、「時空を超える」というSFの部分でも、細かいところが難しい。ただ、ここに関しては説明がないところも多いので、細かく考えすぎるよりも、物語の大意を取っていった方がいいのかな、と今は思っています(と先に言っておきますます笑)。

 

それにしても、この作品の最終回は少し困った内容になっています。

まず何よりも言えるのは、めちゃくちゃ悲しい。異常に悲しい。全話を真剣に見てきた人なら、かなりの確率で号泣するだろうし、その後はしばらく何も手につかなくなってしまうのではないでしょうか。私も初見の際は、数日間思い出し泣きをしていました(誇張ではなく本当にしくしく泣いていました)。当ブログのコメント欄にも、同様のご感想を多数いただいております笑。

 

全キャラが悲しい終わりを迎える、というのは、物語の形としてはありですし『麗~』の世界観を考えれば、自然な流れと言っていいのかもとさえ思います。 

しかし、あまりに悲しみに打ちのめされてしまうと、明るい部分が見えなくなってしまいます。ほのかな明かりさえ、見えません。悲しくて悲しくて…あぁ一体何なんだよ、この最終回は……この全20話は…!ラブコメディーって言ったやつ誰だよ…!!と打ちのめされてしまうのです(「ラブコメディー」と宣伝するのは危険行為なので本当辞めて欲しかった…)。

 

あとはエンディングですよね。

ヘスとワンソの恋に関しては、オープンエンド的な終わりになっていて、視聴者に委ねられているような感じです(まぁ一旦は終わってしまっているんですが…)。あのあと二人がどうなるのかは、わからない。

これについて、私も相当考えたし、相当本編も見直したんですけども、二人が再会するという確実な暗示は見つけられないんですよね…。だからこれから書く内容は、いま視聴直後で悲しみでいっぱいになっている方には残念に思われてしまうかもしれない内容です。何か見落としてるかもしれないんですけれども…。でもやっぱり、確証はないと思うのだよなぁ…。

ただ、これは再会する確証はないということと同時に、再会しない確証もないということなので、真っ向から絶望的な内容ということでもないと思います。物語の中に希望はあります。メッセージ的な希望というか。で、それは「自由」についてのメッセージなのかな、と個人的に思っています。

 

いろんな感想や解釈があるとは思いますが、あくまで私の解釈ということで、本編と一緒に楽しんで頂けたら幸いです。この記事がこじつけになっていないことを切に願います笑。

 

当ブログでの『麗~』シリーズ(?)もこれで遂に完結。 

a.k.a.月の恋人ファンの皆様に優しく見守られ(本当に…泣)、なんとかここまで辿り着くことができました。読んで下さった方がいたこと、時に星マークやコメントまで頂けたこと、とてもうれしかったです。本文に先立ちまして、心より心より、お礼申し上げます。

 

mikanmikan00.hatenablog.co

 

↑最終話①では死と再生という円環や、ジモンの謎などについてアレコレ考えておりました。特にジモンについてまだ迷いがある時でした。しかし、時は流れ、話題作『テネット』を見ていたら、月の恋人に近いところが少しあって、それが起爆剤となり今回の記事をまとめるに至りました。だから一部『テネット』に引っ張られてるところはあるかもしれません…笑。

 

<目次>

 

※本文でハジンと書いたり、ヘスと書いたり、ヘス=ハジン、ハジン=ヘスと書いている人は全て同一キャラです。ご覧になった方はおわかりかと思いますが…統一難しすぎたよ、ごめんなさい汗。

 

 ジモンからのメッセージ① Toワンソ

前回の記事と少し重複しますが、ジモンの旅立ちから見て行きたいと思います。

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ワンソ「どうしても行くのか」 

ジモン「はい、あの方を多く思い出すのです」 

ワンソ「約束が違う。お前は皇帝の人だったはずだ」 

ジモン「はい。ですが私にとって皇帝はおひとり。私にとって兄弟であり、友であり、君主でした。…ヘスお嬢様はもしかしたらこの世界の方ではないかもしれません。そう思えることが多いのです。ですからお忘れください。届かぬ人を恋しく思っていると私のようになります」 

 

ジモンの言っていることには、2つの意味が重ねられていると思います。

 

まず、1つには慰め。ジモンの発言を現実的に解釈すると「ヘスはこの世界の人ではなさそうだったから、彼女とのことは(夢だと思って)もう忘れなさい」ということかな、と思います。優しい慰めですね。悲しいけれど高麗のヘスの命は確かに終わっているわけで、彼はそれでも彼女の死に直接言及せずに、前に進むようワンソを励ます。

 

届かぬ人を想い続けていると、今を生きることはできません。あまりに想いが強いと、生活を持てず、寄る辺もなく、ただ世を彷徨ばかりになってしまいます。ペガも、届かぬ人を想い、彷徨ったまま、最終回を迎えていますね。ウクは自分の心に区切りをつけたため、新たな生活を持っています(ヘスを忘れたわけではないですが)。ジョンには「ヘスの子を守る」という約束があるため、彷徨うわけにはいきません。

普通の時代劇ならば、この意味の「慰め」のだけで終わりかもしれませんね。

 

しかし、これは時空を超えたSFラブストーリーです。

ヘス(の中の人)は本当に別の世界からやって来ていたわけで、ジモンの「ヘスはこの世界のひとではなさそう」という発言は、推測にとどまらない物語上の事実です。そして、届かぬ人を想うジモンは旅に出る。

 

ジモンの表情には迷いがありません。これは、彷徨う旅ではなく、目的があり、行先がある旅なのです。ジモンは既に時空を超えたことがある人物です。時空を超えれば、想う人に何らかの形でまた会えるかもしれない。共に旅を選んでいるジモンとペガとの違いは、ここにあります。 

 

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ジモンの目には迷いがない。

 

ヘスが別の世界の人であり、ジモンも別の世界に行こうとしているなら、「ヘスは別の世界の人」という言葉も、慰めや励ましとは別の意味が出てくる。「ヘスは元の世界に戻った」「別の世界にいる」とも取れなくは…ない。別の世界は肯定されます。

 

おどけながら「私のようになる」という発言にも、自虐以上に意味があるかもしれません。それは「忘れられないのなら、私のように行動しなさい」ということ。彼らにとって、届かぬ人を想い続けるという選択肢は、物語の中では「現実的に」ありえるのです。

 

皇帝であるワンソ(光宗)には重い責任があり、簡単にその座を離れることはできません。ジモンやペガのように、あるいは将軍のように、職を離れることはできないでしょう(皇位を降りるとなれば、命の保証もないかもしれません)。しかし、今あるものを失う覚悟があるならば、次の手はある。

 

ジモンがワンソに送ったメッセージには「忘れてもいい」と「忘れられないならば、行動せよ」という、意味が反するもので重なっています。選択するのはワンソです。

 

改変された高麗から続いた現代

ヘスが亡くなり、残された皇子達の顛末とジモンの旅立ちが描かれると、物語は現代に戻ります。ハジン=ヘスが湖に飛び込み子供を助けてから一年後。

 

日常生活に戻ったハジンは高麗の記憶を失っているようで、無意識では失いきれていない様子。夢にワンソが出てくるものの、それが誰なのか思い出せません。でも、目を覚ますと、何故だか涙が出てくる。

 

シーンは変わり、あるイベント会場。「高麗時代」の展示が行われているようで、化粧文化のブースでは、一人の男性が来客者達に展示品の説明をしています。まだはっきり顔は映し出されませんが、ジモンに似ているような…。

男「高麗は仏教の影響で入浴文化や化粧品の発達が目覚ましい時代でした。宗の徐兢が書いた「高麗図経」には…」

古い化粧道具やスキンケア用化粧品を入れる瓶が映し出されたあとに、画面に出てくるのは石鹸。ヘスが高麗で作っていたものに似ています。

解説はさらに続きます。

男「…パックもあったそうです。それから勃牙利(ぼっかり)、つまりブルガリアのバラで化粧品を作った記録もあります」

パックやバラの化粧品も、ヘスが作っていましたね。高麗の記憶を失っているヘス=ハジンは、男の解説を聞いても何も気に留めていませんが…。

 

現代パートでまず大事なのは、この現代が、ワンソとヘスが出会い恋をした高麗から直接つづいた先にある未来、ということです。二人は同じ時間軸にいます。その手掛かりがこれらの化粧品です。

 

ここに出てくる石鹸、パック、バラの化粧品は、感覚的な理解では「ヘスが作ったものだな」ですよね。この後ジモンとの会話でBBクリームの話も出てきますし。ここまで続いてきた物語の文脈のなかで、あえて、ヘスが高麗で作ってきたものを短い時間の中で見せているので、ヘスが高麗でわずかながらも歴史に関与し、その地続きの未来に戻ったことを仄めかしている、と受け止めていいと思います。

 

そして、この後の風俗画のシーンで、ヘスが歴史に関与したことがハッキリ分示されることになります。風俗画には、皇子達と一緒にヘスが描かれているので、この現代が「ヘスが影響を与えた高麗の先にある未来」であることがわかります。

 

恐らくですが、この作品における、世界の時間軸は一本道です。時間の枝分かれは起こらず、過去で起きたことは未来に影響を与えます。過去と未来との行き来があったとしても、それは同じようです。その時どきの変更に、未来は適合していきます。

 

時間軸がいくつも生まれてしまうようなパラレルな世界観では、時間を超えて相手を探し出す以上の困難が生まれてしまいます(時間を超えるだけでも相当難しいですが)。 『君の名は。』ではパラレルワールドが存在し、かつ明るい未来を最後に示しましたが、『麗~』には口噛み酒的装置は出てきませんしね。

 

このあたりも色々考えてしまうんですよね。例えば、もしハジンが湖で子供を助けるまでのオリジナルの世界に戻った場合はパラレル発生なので、続きの恋を期待することは難しそうですが、そのオリジナルの世界が既にハジン=ヘスのタイムリープを含む円環的な世界であったなら、ワンソとヘスは同じ時間軸になる…。え、そもそもオリジナルすらよくわからない…?いや、ヘスの絵は実歴史にはないから、やっぱりヘスとワンソの恋はオリジナル歴史にはないはず…。

 

正直、考えだすと、作中からパラレルワールドも完全に否定することもできないのかな、と思ったりするんですが、ここはもう素直に見ていいよね…オリジナル歴史からハジンは高麗に行き歴史を少し変え、それに適応して続いた時間の先にある現代に戻ったでいいよね…(弱気)。ジモンが「偶然はない、全ては定め」と言っているので、偶然がないなら、運命は一つしかないでいいよね…天が定めているということよね…。無限に可能性が広がる並行世界があったら「定め」とは言えないものね…。

 

だいぶ弱気ですが、ヘスとワンソが再び結ばれるためには、同じひとつの時間軸にいることが必要で、この物語はその条件を満たしていると個人的には考えています(そうであってほしい、という希望も込めて)。

 

また、ワンソとヘスがまた結ばれるためには、もう一つ必要な条件があることも、先にここで書いておきます。

それは、言わずもがな、2人のどちらもが、高麗での恋を実際の出来事として覚えていて、また会いたいと願っていること、です。

 

ジモンからのメッセージ② To ハジン=ヘス

一方、同じ会場で、ハジンは化粧品のセールをしています。先ほどの展示「高麗時代・化粧文化」の提供がハジンの勤める化粧品会社になっているようです。この企業は実在で、実際にこのドラマの提供をしているので、がっつり商品が映りますね笑。

 

そこへ、展示の解説をしていた男が、ハジンの前に現れます。ジモンにそっくりで、身ぎれいで、体つきもスッキリ。洗練されています。恐らく中の人は、まぁジモンですよね。

 

ジモンは子供の頃に高麗から現代へ時間を移動しましたが、生きていく力が足りずホームレス状態に陥っていました。その後、高麗へ戻り人生経験を積み、再び現代へ。今回は生きていくだけの知恵と知識の蓄積があるため、現代での生活に適応しています。

 

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男「コさん?」

ハジン「はい。コ・ハジンです」

男「コ氏が高麗時代ヘ氏だったことはご存じですか?」 

ハジン「そうですか?ちょうど「高麗時代の化粧文化」の支援をしています。面白い偶然ですね」

男「偶然などではなく、全ては定めなのです。

 

ジモン、突然現れて、突然大きなことを言いますね…。

 

「コ氏が高麗時代ヘ氏だった」

まず、気になるのは「コ氏が高麗時代ヘ氏だった」という部分。

 

この物語では、魂のみが時間を超えてしまい、行きついた時代で他者の体に入ります。入れ物となる魂は先に亡くなってしまうようです。ハジンの場合は、その相手がヘスでした。二人はたまたまの赤の他人のふたりではなく、1000年の時を挟んだ縁のある関係であった、と。

 

これはハジンとヘスに限ったことなのか、作中のタイムリープ全般についてなのか悩みますが、ジモンの落ち着いた雰囲気を見ると(いかにも当たり前のことのように「ヘ氏だったんですよ」って感じなので…)、これは後者なのかな、ジモンも何かしらの縁がある人の体を借りているのかな…と思ったりします。ジモンもヘスも入れものとなった人と容姿が似てる、というか同じですしね。ただ、ジモンがまたホームレスとなった人物の中に入ったのか、まではわかりません。そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

で、これをどこまで拡大解釈していいのか分からないのですよね。例えば、タイムリープの場合はそうだとして、生まれ変わりについてはどうでしょうか。この最終回で、ヘスが亡くなる直前にジョンが「来世で私のことを覚えてくれてるよな?」と発言していますし、生まれ変わりを信じる世界観で物語は進んでいると思います。原題タイトルにもある「月」も、満ち欠けを繰り返し、転生(命の繰り返し)を思い起こさせますし。

なにより、高麗では仏教が信じられていたので、高麗人は当然のように輪廻転生を信じていたでしょう。だとすると、ジモンもワンムに会えると思っていたかもしれません。けれども、ワンムが実際に生まれ変わって現代にいるか、そしてジモンがワンム‘に会えたのかは、視聴者にはわからない。

 

そんな細かいアレコレを吹き飛ばす言葉が、「偶然なのではなく、全ては定めなのです」。あらゆる可能性の中で運命が全てを決めている、と。

 

ジモンの表情はすっきりと穏やかで、陰がありません。もしかしたら、何らかの形でワンムに会えたのかもしれない。それは転生した本人(記憶がない可能性は高い)かもしれないし、単なる子孫かもしれない。あるいは会えなかったのかもしれない。いずれにせよ、行動を起こしたジモンは、その結果に「運命なのだ」と納得している。そんな風に見えるのです。

 

(「コ氏が高麗時代ヘ氏だった」という発言から、個人的には、人には亡くなった後にも何かしらの縁、というか繋がりがあり、ジモンもきっと何かしらの形でワンムに会えたと思ってます。何かしらとしか言いようがないのが苦しいところですが…でも縁はきっとあるよ…ね…仏教的な教えから言っても縁はあるよね…)

 

「全ては定めなのです」

しかし、「偶然なのではなく、全ては定めなのです」という言葉は、ジモンの現状を推測するためだけに発せられたわけではありません。これは、ヘス=ハジンのために送ったメッセージですよね。ジモンはわざわざこれを言うために、彼女に会いに来たのではないでしょうか。

 

「全ては定め」は韓国版の字幕についていたもので、元々は「もとに戻る」というようなことを言っています(韓国語版字幕も確か「もとに戻る」でした)。どういう意味だろう…と悩んだのですが、韓国版を見てなるほど、となりました。

 

偶然はなく、全ては定め。

運命はある、ということです。

 

でも、運命って一体なんなのでしょうか。

 

そこで思い出したいのが第9話です。「将来、ワンソが光宗になる」と直感的に気づいたヘスは、混乱のなかジモンに会いに行きました。そこで、彼はこんなことを言っています。

ジモン「いけません。手出しは無用です。流れに任せ何もしてはいけない」

ヘス「私が変えられるとしても?これから起こることを防げます。悪いことをいい方向に…」

ジモン「既にワンソの顔に手出しをしている」

ヘス「そのせいで皇子様の未来が変わるのですか?」

ジモン「それはわかりません。天の意志に人間が気づいたとき、それが運命です。運命が変わったのか、もとからなのか分からないのです。人間は天のご意志からは抜け出せない。万事が陣所通りに流れるように手出しはせずに。お嬢様の安全のためです」(9話)

 

運命とは天の意志。ヘスはワンソに化粧を施し自信を取り戻させましたが、それが運命を変えたということなのか、もとからなのか(そういう運命だったのか)は分からない。何が起きたとしても運命からは抜け出せない。

 

先ほども書きましたが、高麗は仏教の国で、それは作品の世界観に影響を与えていると思います。輪廻転生とか、因縁とか、諸行無常とか…(宗教全般に詳しくないので、このあたりについてきちんと書けないのが残念すぎる…)。あとは、石を積んで先祖に祈るとか、もっと素朴な信仰も出てきますね。

 

けれども、この天っていうのは特定の宗教とは別の「神」という言葉を使わない、神的な存在だと思います。空や星が「神」の意志を示します。

 

ジモンは天を読んで、その時々の状況と未来を皇帝に伝えていました。ちょっと預言者みたいな感じです。それは当時、皇帝が国を治めるために必要な力でした。彼は運命のそばに、いつもいました。

 

しかし、です。

ジモンに意志がないか、というとそれは違いますよね。ジモンも他の人間と同じように自分の意志に基づいて行動しています。一番わかりやすいところで言うと、ヘスに「ワンソと結婚するのはやめろ」とわざわざ言いに行きましたよね。「流れに任せ何もしてはいけない」と言いながら、彼も行動しているのです。

 

運命はある。天が因果応報や不条理な悲劇をもたらすこともある。しかし、だからと言って、何もしなくてもいいわけではありません。「運命が変わったのか、もとからなのか分からない」ならば、行動した方がずっといいのではないでしょうか。

 

更に進んで考えて見ます。

運命があるとするなら、今私たち一人ひとりの意志も様々な経緯を経た運命です。つまり、運命に従うことと、瞬間瞬間に意志が生じた上で行動することは、同時に起こっている。私たちは運命にただ縛られているわけではありません。

 

ヘスはワンソへの手紙の中で、こう書いています。

(人生は夢のようです。正と否、愛と憎しみも、結局歳月に埋もれ跡形もなく消えます)

 

二つの相反する事柄は、どちらともなく、いつかは消えてしまう。それは「運命」と「意志」という一見相反するものについても言えないでしょうか。ジモンの発言を反芻すると、そんな風に思えてくるのです。人間は運命に縛られているけれども、同時にいつだって、同じくらい意志の余地はある。自由は残されてている。そして、全ては過ぎ去っていく。

 

繰り返しになりますが、ジモンは穏やかな表情をしています。彼は意志を大切にするハジンに向かって運命の勝利宣言をしにやってきたわけではないと思います。

 

むしろ、ジモンはヘスを励ましているのではないでしょうか。定めはある。でも、全ては定めなのだから、恐れずに、意志のままに生きればいいのだ、と。どんなことが起ころうとも、それは運命なのだから。そして、その運命は意志と隣り合わせにあるのだから。ジモンは、タイムリープによる長い生を経てそのことに気づいた、自由な人間です。だからこそ彼は、運命があると知りながらも、心穏やかでいられるのです。

 

「一人にしてごめんね」:ハジンは振り出しに戻る

 ジモンは更にヘス=ハジンに語り掛けます。

男「ここはバラの香りがしますね」

ハジン「薔薇のオイルを使っているんです。この美容液はドクダミ抽出液とローズオイルを…」

 すると、ペガの「私が送ったバラの香油か?」という声が、ハジンには聞こえてくる。戸惑うハジン。

男「どうしました?」

ハジン「いいえなんでも…とにかくこれを塗ると肌にいいですよ。高麗時代にもBBクリームが…最近が男性も…」

高麗のBBクリームと言えば、ヘスがワンソのために作り、二人の距離を近づけたもの。ハジンの耳にはワンソの「覚悟しておけ。おまえを絶対に手放さない」という声がします。更に不安定になるハジン。

 

ジモンは「休まれては…?」と彼女に声をかけ、ハジンの同僚も休むよう促します。

 

ジモンは、わざとらしく「バラの香りがする」とハジンに言っていて、高麗の記憶を取り戻すきっかけを与えます。バラ油は、ヘスが誕生日の際にペクアからプレゼントされたものでした(13話)。ジモンの目的はメッセージを伝えることと、ハジン=ヘスの記憶を取り戻させることのようです。

 

さらに、ハジンは自分からBBクリームの話を持ち出す。それは自ら(ヘス)が高麗でワンソのために作ったもの。ワンソの声が聞こえてくるのも必至ですし、ハジンが高麗の記憶を取り戻すのも時間の問題です。

 

通常(と言っていいのかわかりませんが汗)生まれ変わりがあっても、記憶をとどめることはできません。ヘスが亡くなる直前に「全て忘れる」と言っていた一つの理由にも、そのことを念頭に置いていたのかもしれません。ウクが言ったように、前の人生を忘れなければ、次の人生をしっかりと生きることはできないのだから。

 

しかし、ハジンはタイムリープ経験者で、タイムリープは記憶をとどめた転生なのです。

 

ジモンと同僚に促されて仕事を早退したハジンは、同じ展示にある高麗の風俗画を見学します(これも定め…)。そこで、ハジンは高麗で出会った皇子たちと、ヘスだった頃の自分自身が描かれた絵を見ます。

 

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晦日の大イベント、ナレの様子(2話)が描かれている。

 

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 ヘスとウクが想い合っていた頃(5話)。ワンゴンが絵の上手いスパイに書かせていたのかな…。

 

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オンニが亡くなった時(5話)。ウク絵ばかりでごめんなさい…ウク推しの最後回のあがき…。他の皇子様たちの絵もちゃんと色々出てきます。

 

絵を見て、高麗の夢が実際に体験した出来事だと気づくハジン。「夢じゃなかった」と驚きます。

 

先ほど時間軸についてアレコレ書きましたが、それ以前に、もしあの恋が夢でしかなかったら、ワンソとの恋の続きは実現しないのですよね(一方的な夢だけでいいなら可能かもしれませんが…)。

 

ワンソとの記憶を取り戻したハジン=ヘスは、彼がどのように歴史に残ったかを知ります。やはり「血の君主」と呼ばれたままでした。それはヘスが望んでいたことと逆の結果でした。彼女は歴史において小さな運命は変えたのかもしれません。しかし、大きな運命までは変えられなかったのです。

 

ハジンは涙します。

しかし、彼女は運命に打ちのめされて泣いているのではありません。ジモンに「全ては定め」と言われ、運命が変わらなかったことに直面しても尚「一人にしてごめんね」と泣くのです。自分の選択を悔い、ワンソに対しての申し訳なさでいっぱいになっている。

 

ヘス=ハジンはワンソの運命を変えようと意気込むも、ワンソを愛することの限界にぶち当たり、彼から離れました(ワンソにも限界があったわけですが…)。ヘスはワンソには自分しかいないことが分かっていたのに、ワンソを愛しているから、憎みたくないから、と、自分のために離れてしまった。

この時ヘスは妊娠していましたし、彼女の選択は責められるものではないと思います。皇帝の力を得たワンソの徹底ぶりは、明らかに狂気を孕んでいた。

しかし、そうであったとしても、ワンソを一人にしたのは、ヘスでした。「愛する」の反対語は「憎む」ではなく「捨てる(離れる)」なのです。

 

物語の一番未来にある地点はここです。ハジンは恋を失い、胸の痛みに襲われています。

 

 思い返してみると、ハジンは1話の冒頭でも同じように、恋を失い、胸の痛みに襲われていました。

ハジン「おじさん。百年か千年、眠りにつきたいって思ったことはある?全てがこじれて、よくなる兆しは見えなくて。そのうちよくなると思ったのに、また別の問題が起こる。どうせなら、永遠に目が覚めなければいい。全て忘れたいけど、だめなんです。彼氏にも友達にも裏切られた。人を信じるべきじゃなかった。私が変わらなければ、私が好きな人たちは変わらないと思ってたけど、それは違ってた。どうしてこんな生き方しかできなかったのかな…(泣)

男「人生は簡単には変わらない 。一度死ねば別の話だが」(1話)

 

ハジンは、なんと物語の振り出しのような状況に戻ってしまいました(ついでに言うと、ヘスと分かれた直後のワンソもほぼ同じ心境ですよね…)。一度死んだハジンでも、生き方を変えることはとても難しいことだったようです。生きるとは繰り返しに過ぎないのか…。

一方で、高麗で精いっぱいの生を経験したのだから、1話冒頭のハジンとこの時のハジンは全く同じ人間とは言えないですよね。ヘスがこの後どのような選択をするのか気になるところですが、物語のなかでは明かされません。

 

喪失の予感と「今」

時間は高麗に戻ります。ウクが亡くなったことをペガはワンソに伝え、宮から去っていきます。ウォンも毒で処刑されているので、ワンソは、兄弟のなかで宮に残った唯一人の皇子になりました。

 

孤独のなか、ワンソはヘスとの会話を思い出します。

 

ワンソとヘスは池のほとりを歩きます。このあと二人は痛ましい別れを迎えるわけですが、それはもう少し先。ここで話されるのは「父」と「母」が残した遺言についてです。

 

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ワンゴンの最期の言葉は「浮生」だったと言うワンソ。

ワンソ「人生は儚く、儚く、儚いと仰せに。だが、それは間違っている。お前と俺とこうして一緒なら儚いとは何なのだ」

 

この時ワンソは「皇位と心」を両方手にしていて、とても満たされた状態なのでしょう。瞬間瞬間をしっかり自分の手でつかんで、今ここにいる。消えてしまうなんて到底思えないほどに。

ワンゴンは亡くなる前に、「未来を恐れて今を見失うな」とも言ってましたよね。高麗という国を作った偉大な男が最も大事に感じていたのは「今」という瞬間でした。

 

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水場で始まった物語は水場で終わる。彼らは再び運命に飛び込むことができるだろうか。

 

一方、ヘスは池を見ながらも不安げな表情を見せます。ヘスとして今生きているのは、現代で溺れたからからで、つまりはいつ何が起こるかもわからない。あの時溺れた理由は、知らない子供が池で溺れていたのを助けるために、とっさに池に飛び込んだからでした。そして高麗にやってきたのです。あまりに想定外な出来事の連続でした。

高麗の宮中もまた、何が起きてもおかしくありません。ヘスはワンゴンの言った「儚さ」を経験から知っています。

 

ワンソ「お前がそんな顔をするたびに不安になる。遠くへ離れる気がする。何が怖い。何を隠してる?」

ヘス「ただ、ここで暮らすのが不安でなりません。一歩一歩薄氷を歩くように気をつけねば…息がつまります」

 

ヘスが語るのは、オ尚宮からの「一歩一歩薄氷を歩くように気をつけなさい」という遺言です。原作やドラマの原題にも入っている「歩歩驚心」です。いつ何がどうなるかもわからない。何を失うかもかもわからない。だから、一瞬一瞬の選択が大事なのだと。ワンゴンの遺言とも通じるような、「今」についての言葉です。喪失するかしないかを決める一瞬は、あまりにも重いものです。

 

 「喪失」は、この物語において大事なテーマの一つでした。ヘス=ハジンは第1話の冒頭の時点で既に喪失の最中にいましたし、高麗でも多くの大事な人を失くしました。どんなに気をつけて物事を判断していていたとしても、生きていれば、失うことからは逃れられない。

 

「儚さ」を疑うワンソも、ここでヘスが「遠くへ離れる気がする」と、喪失の予感を感じとり不安になっています。

 

別の世界で

ヘスとワンソは会話を続けます。

ワンソ「俺と一緒でもそうか?」

ヘス「私たちが他の世界で、他の時間に出会っていたなら、どんなによかったかと思います。そうできれば、何も怖がらすに、思い切り、本当に思いっきり愛せるのに」

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ワンソはこの会話を覚えている。ヘスはどうだろうか…。

 

「遠くへ離れる気がする」「何を隠してる?」の問いかけに、「ここで暮らすのが不安」で「別の世界で出会えたなら…」と答えるヘス。

彼女の中の人は現代人ですから、皇位争いをはじめとした時代特有の縛りがなければ、という気持ちが相当強くあったということなんですよね。現代の人間が「別の世界線で出会えたらよかった」って思うのとは、少し意味が違う(現代人は現代人で大変なんですけれども…)。

序盤のヘスは当時のルールや常識に縛られない言動で、縛られるしかなかった皇子達に愛されますが、高麗時代の生き方に適応するにしたがって、それらをはみ出すことに恐れを感じるようになります。そして彼女は今自由を渇望している。

 

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幸せだった頃にしたヘスとの会話を思い出したワンソ。今、彼は父の遺言の通り、世は儚いと感じているでしょうか。

 

ワンソは決意を固めます。皇帝でいるために必要なはずの化粧を拭い、素顔になって。

 お前と俺の世界が違うのなら、俺がお前を探しに行く。俺のスよ。

 

物語の終わり

そして、ラストシーン。

先ほどの「今」について話をした後、ヘスが「脚が痛い」と立ち止まります。

すると、ワンソがしゃがみ込み、「さ、(背中に)乗れ」と言い出す。

皇帝の背に負ぶってもらうなんて、誰かに見られていたら大変なことになるでしょう。

ヘス 「やめてください」

ワンソ「構わぬ」

辺りを見回して、恐る恐るワンソの背に乗るヘス。ワンソは走りだします。

ふたりはとても楽しそうです。

 

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幸せな時間は確かにありました。後に悲しい別れがあったとしても、この時間は紛れもなく尊いものです。ラストシーンは二人が経た恋を肯定します。

 

しかし、それだけではありません。

このシーンについて一歩進んで考えてみると、この時二人がしたことこそが生きる上で尊い行為なんだな、と感じるようになりました。

 

脚が痛いと言ったヘスを、皇帝であるワンソが背負うことは、この時の階級社会から考えるとありえないことです。当時の社会の規範を逸脱しています。それでも二人は勇気を出し行動に移しました。その結果、誰も傷つけることもなく、楽しい時間を過ごしています。

 

先に何があるか分からない儚い人生。ささいなことでも、あっという間に壊れてしまいます。ヘスは、そんな世界で生きることに恐れを感じている。規範をはみ出すことができなくなっている。

 

でも、リスクを理解しながらも、挑戦することで、素晴らしい時間を手に入れられるかもしれない。それは、こんなささやかな瞬間のなかでも起きているのです。

 

この瞬間を自由に生きよ

物語はこうして終わってしまいました。初見時は途方にくれました笑。

この後はヘスとワンソの恋は一体どうなってしまうのか…。

 

でも、これはどうにでも考えることができるんですよね。このあとの展開は観客に委ねている。

 

この4年考えているけど、ある時には「再会できるんじゃない?」って思うし、ある時には「やっぱり無理かな」って思うんですよ、いまだに私。こんなに長々書いていて、怒られそうですけど汗。冒頭にも書きましたが、かなりいろんな説を考えたけど、このあとの展開について明らかな根拠をしめせないんです。

 

2人は同じ時間軸の上にいて、お互いに会いたいと思っているだろうから、タイムリープができたら、再会できるかもしれない。ジモンが励ましてくれたし。ワンソはやる気だし。ヘスはタイムリープ経験者だし。でも、どうなるかはわからない。

 

たぶん、物語にとってこの先の展開はあまり重要ではないんです(と思う)。必要な展開なら描くはず。あくまでも描かれたことまでが重要だと、ここでは考えます。

 

で、最終回をざっくりとまとめてみると、①儚さ、②運命と意志、③ルールや常識からの逸脱、という3つの事柄について描かれているのかな、と思うんです。それぞれが絡み合いながら。

他にもテーマはいろいろあるけども、ひとまずこの3つ。しかも、これらは物語全体を通して、ずっと描かれていることなんですよね。

 

①「儚さ」については、誰もが認めるところだと思います。とにかく儚さが怒涛のように描かれている。主人公のヘスすら死んでしまいますからね。喪失感がかなり強い描き方なので、見る者にとってはかなりこたえる展開でした。

 

②の「運命」と「意志」はタイムリープものではよくあるテーマですね。光宗(ワンソ)が「血の君主」であったのは歴史的事実であり、それをヘスは意志の力で変えられるのか。

このテーマについて物語の中でリードしていたキャラがジモンです。最終回でも、彼は異質な動きをしていました。「全ては定め」。上でも書きましたが、この言葉は一見、人を縛るようにも思えるんだけれども、「全てが定めだから、意志のままに生きていいんだよ」っていうある種の自由を提示しているとも解釈できるんです。運命と意志は対立していなかったんですね。

 

タイムリープとは直接関係ない部分でも、意志の力がどれほど可能なのか、ということは様々な形で問うていたと思います。身分がハッキリと分かれ、今以上に生きることがままならない高麗が舞台だったことで、意志とは何なのだろう…と、より考えされられる展開になっていました。

顔に傷のあるワンソが皇帝になったのも、本人と周りの人々の意志があったからこそです。それが、運命だったとしても、皆が行動を起こさなければ、実現はしなかったでしょう。でも、やっぱり意志だけでも難しくて。

 

最終回でいうと、ウクも最後に、このテーマに着地したのかな、と思います。彼も縛られる立場でなかなか思うように生きられず、後半はその反動で好き勝手やりますが、結局上手くいきません。ウクは自分の本心と向き合うことを避けたため、意志に曇りがありました。

「誰かを想う時、いつもそのやり方を間違えてた」と言う彼が思い出すのは亡き妻。彼の根本的な過ちは、妻を本気で選ばなかったことでした。彼が妻を愛することを、誰が止めたでしょう。彼は妻に好意を感じていたのに、彼女を愛する自由があったのに、しなかった。それが、自分の人生を決めた大きな瞬間でした。「こうするしかない」という瞬間の連続だったかのようなウクの人生でしたが、運命と同じくらい、意志の余地はあったのです。

 

でもこれは、「自己責任」という突き放しを許していい、ということではないと思います。困った状況になることは誰にでもある。だからこそ、人とのつがりが必要なのだと思います。

ヘスが亡くなる際、かつて彼女がウンの誕生日に歌った曲が演奏されますよね。あの歌は恋の歌ではなく、友の歌でした。ラブストーリーのなかであえて友情についてヘスが歌っているのは、生きる上で人との繋がりが人生で必要不可欠だからなのかもしれません。愛や恋も素晴らしいけれど、それだけでこの厳しい世界を生き抜くことは難しい。この作品は恋愛の繋がりを含めた様々な心の繋がりについて描いていたと思います。

 

そして、③つ目は「ルールや常識からの逸脱」。最終回のラストを見ると、やっぱりこれも大事なのかなと思うのです。最後の最後に、「別の世界で会いたい」って言ってたり、「しきたりを破ってワンソがヘスをおんぶして楽しそうに過ごす」っていうのを入れてますからね…。このテーマも作品全体で描かれていたと思います。ここで言う「ルールや常識からの逸脱」は、「お転婆をする」などのしきたりや礼儀を破ることから、殺人などの罪を犯すことについてまで幅広く、様々なケースが提示されていました。逸脱は現状を打ち破るもとにもなりますが、傷ついたり傷つけたり、命を亡くしたり奪ったりすることにつながるので、このテーマについての是非はかなり答えが出しづらいものだったと思います。

 

高麗の宮中では、ルールとしきたりと皇位争いのせいで誰もががんじがらめでした。力なき者達だけでなく、皇子達も皇后も、誰もが縛られて生きています。絶大な権力を持つ皇帝さえも、自分の座を守るため、自分自身を縛っているほどです。

 

そんな中でハジンの魂がヘスの体の中にやってくる。ヘスとなったハジンは高麗の規範や常識を何も知りません。ヘスは皇子達の風呂場に現れ、時に皇子をなぐり、時に皇子を暴漢たちから守ります。人権を主張し、必要とあれば皇帝の命令にも歯向かいました。縛られて生きていた皇子達の心をヘスが動かすのも、そしてヨナに憎まれるのも、納得の流れですよね。

 

どのキャラクターにも規範と逸脱を巡る物語があります。

物語が進むにつれ、社会の規範や倫理を踏み越えるケースはどんどん増えていく。悪事や裏切り、保身のためにルールをはみ出す者が続出します。罪を犯すのです。ワンヨ、ウク、ヨナ、ウォンは特に、人としての一線を越えてしまいました。皇位争いが本格化すると物語はどんどん過酷になっていきます。

さらに衝撃的だったのは、チェリョンが大罪を犯していたこと。ウォンを想うあまり、スパイ行為に留まらず、ワンム殺しの実行犯となっていたのでした。

 

ただ、彼らの人生を見ると「そうせざるをえなかった経緯」が必ずあるんですよね。ルールをはみ出さざるをえない瞬間があり、行動を起こしてきた結果なんです。このあたりは「運命と意志」と絡めて描かれていたと思います。

「ただ生きたかった」ワンヨ。「後悔はない。何に価値があるかは自分で決める」チェリョン。

チェリョンの場合は、恋心があった上に、身分のせいでウォンに歯向かうことは事実上不可能でしたから、仕方ないとわかりつつも処刑されてしまうのはかなり切ない最期でした。ワンムが亡くなった時は悲しくて仕方なかったのに、彼女を責める気持ちが起きません。ワンヨですら、最期は気の毒になってしまう。ウクもヨナもウォンも、みんなそうです。彼らは自分の人生を生きるために、罪を犯したのです。

 

「生きたいと思うのは罪か」という問いが物語の序盤に出ていましたが、「ルール逸脱」の中でも、特に「自分のために人を傷つけることの是非」については、本当にずっと描かれいたと思います。もちろん傷つけていいわけないんですが、程度の差はあれ、他者を誰も傷つけていないキャラクターはほどんどいません。

 

これについて、17話でヘスとウヒの印象的な会話があります。

 ウヒ「自分の幸せのために人を不幸にしたら、自分に戻ってくる?許されないわよね」

ヘス「そうね。それはしてはいけないことよ。 でも、私たちは大目に見てもらえないかな。すごく苦労したから。あなたの手首の傷、私の足の傷、それを忘れられるだけでいい。望みはそれだけだもの。少しわがままになっても許してもらえるはずよ。私はそう信じたい。(17話)

 

民のためにスパイとなり、人も殺めていたウヒは、結婚していいものなのか思い悩んでいました。罪を犯した自分が、しかも民を見捨ててまで、幸せになっていいのか。そのことを知らないペガは「自分たちのことだけ考えよう」と言いますが、私たちは社会のなかで生きていて、それを簡単に無視できるものではありません。責任感が強ければ尚のこと。

ヘスは「自分達なら、少しくらいは許されるんじゃないかな」と答えていて、利己的だけれども優しさを感じますが、実際に傷ついた側に同じことを言えるか、となるとそれは気軽には決して言えないわけで。

 

これに関連して。この作品は主人公であるワンソとヘスの恋の成就が最後に達成されず、やっぱりどうしても悲しいところがあって、なぜそう描かなかったのかな、再会させなかったのかな、っていうのはずっと考えていたんですよね。

 

で、行きついたのは、タイムリープには魂の死者が必要だからなのかな、って思ったりもしています。二人の再会も、倫理の一線を越える可能性があるんです。

元々亡くなる運命だったとしても、ヘスだって元々の中の人がいたわけですからね。時空を超えるのがワンソでもハジンでも二人共でも、また誰かの体を借りなきゃいけないっていうのは結構シビアな展開だと思います。誰かの魂の死ありきで、二人が再会するのは倫理的にかなりキツイ。ハジンのタイムリープは事故で起きたことですが(運命ですね)、意図的にやるとなると話が変わってくるし、もし「魂だけ時間が飛ぶ」っていう設定があると、二人の再会は両手ばなしでは喜べないんですよね…。狂気バージョンのワンソだったら犠牲とか気にせず行ってしまう可能性もあるけれど…。

体ごとタイムスリップできるといいんですけれどね。そうすると、別の問題がまた出てくるのかな。移動先の体の方の了承があれば、入れ替わりとか…(どう了承とるのか)。生まれ変わりで再会するのが一番巻き込まれる人がいなくていいのかな(前世の記憶あれば尚言うことなし)。

 

そう考えると、ヘスには待ってるだけの女になってほしくないけど、「とりあえず泣く」っていう選択以外に何ができるのかは、ちょっとわからなかったりもします…。タイムリープをするにしたって、日食のタイミングとあわせなきゃいけないですしね。条件が厳しいのよ笑。もうこれは天に委ねるしかないのよ…。

 

人が社会の常識やルールを超える時って、人生が動く時です。想定外なことが起きて、既存のルールでは対応しきれない時に、それでもルールのなかに留まるのか、ルールをはみ出すのか迫られる。はみ出す場合にはそれ相応のリスクや倫理的な負荷があり、場合によっては罰せられてしまいます。

で、さらに考えてみると、こういう時に、実はもう一つ方法があるんです。それはルール自体を変えること。簡単なことではないですし、変えない方がいいルールもあるのでこれも倫理が試されますが、問題を根本的に解決するには必要なことです。

先ほど、誰かの死が前提のタイムリープは倫理的にキツイ、と書きましたが、それを避けるような新ルールがあれば、その心配もないわけですよね。

 

思えば、ワンソもルールに縛られていた一人で、縛られたくないからこそ皇帝になり、最終的にはワンソ自身がルールを作る人になっています。皇帝が変われば世は変わる。ルールがルールであるには、理由あってのことかと思いますが、それで人々が苦しんでいるならば、変えればいいのです。もちろん、そこには責任が伴いますが。

 

皇帝となったワンソは、いわば自分自身が法なので、世を変え新たな秩序を保つために、自分の原則を徹底的に貫きます。彼にはそれができるほどの意志の強さがある。

しかし、それは人の処罰に関しても徹底しているということでもあります。チェリョンの処刑の際、理屈ではワンソの方が「正しい」ことをしているとも言えたけれど、ワンソが恐ろしく思えてしまう。

あくまでワンソは血の「君主」なので、いい法も作っているし、最終的にはジョンの帰郷刑もときますが、自分自身がルールになってしまった以上、人間的な幸せを保つのは難しいのかな…と最終回を見て改めて思ってしまいました。だからこそ、娘をジョンに託したのでしょうしね。

 

「ルールや常識からの逸脱」は単純に答えの出る問題ではありません。逸脱すればいい、しないほうがいいと一概には言えず、またなんでも新しくルールを作ればいいっていうことでもないので、ケースごとに考えるしかないのだと思います。何かを得れば何かを失う。変化にはいい面と悪い面が一緒についてきます。

 

ただ、ワンソもヘスも当時の既成概念を超えるような発想と行動力によって、人々の心を動かしていたのは確かですよね。顔に傷があり社会から忌避されていたワンソ。当時の規範をまるで知らなかったヘス。社会の外側にいて、常識にとらわれない二人が恋に落ち、物事を変えていく、というのは納得の展開でした。

 

また、社会にルールが必要ですが、あまりに徹底してしまうとしめつけとなり、別の問題を生んでしまいます。だからこそ、少しのはみ出しは許される世であってほしいし、この作品のラストシーンでもそう結論付けているのだと思います。

 

なんだかすごい真面目な感じになってしまいましたが(でも、このドラマの根底は真面目しかない)、作品でずっと描かれてきた「ルールや常識からの逸脱」についてはあまり書いてこなかったので、最後に考えてみました。本当は一人ずつもっと細かく掘り下げられるテーマですが、字数がやばいので止めます笑(ジョンが帰郷刑中にワンソのもとに向かうというルール破りをしながらも、先帝ワンヨの遺言というルールど真ん中を理由にヘスを宮から出したのは痛快なほど…なのに周りの目を気にしてヘスの筆跡を隠してしまう…とか、本当にうなってしまう展開だ)。

 

最終回は儚さ全開なので、どうしても悲しみが前面に出てしまいますが、運命と意志が両立可能なことや、ルールをささやかに超えることの良い面を示唆していて、前向きなメッセージもあったと思います。生きていると選べないことも、理不尽なことも多いけれど、それでも私たちには自由がある。限られた時間のなかでいかにこの瞬間を自由に生きられるか、この作品はいつまでも問いかけています。

 

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つたなく長々と書いてしまいましたが(すみません汗)、いかがでしたでしょうか。見た人の数だけ感想があるのではないかと思います。

 

初めて見た時は悲しくて仕方ない最終回でしたが、こうして時が経った今は、励まされる気持ちの方が大きいのですよね(悲しみはまだありますが…)。これからまた感じ方は変わるかもしれません。様々なテーマが絡み合った、最高に面白いドラマでした。観念的なことを書き連ねましたが、この作品の真骨頂はキャラクターの心情描写。いまでも心に残っています。多くのことを与えてくれたこの作品に感謝。あぁ、ワンソとヘス、どこかでまた結ばれてほしいな。

 

そして、ここまでお読みくださった方にも感謝です。本当に本当にありがとうございました。

 

みんな幸せになれ!

 

ヘス「人生は短いのよ。いつも身分がどうの、皇子が何とかって、あきれるわ!ワン・ペガさん、いい?元気でいても、ある日突然死ぬのが人生で、天から落ちてきてこうして暮らすこともある。だから、気の向くままに生きなさい。勝手気ままに、自由に生きるの!オーケー?」(6話)

 

 

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 ↑初見時の最終回感想。ジョンに心を持っていかれました。

 

 

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 ↑少なくとも2巡は必須の作品です。